南光寺 (笠懸不動尊)の見どころ

なんこうじ(かさがけふどうそん)

群馬県みどり市笠懸町阿佐美967

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4日前
南光寺 (笠懸不動尊),見どころ,やまも

緑の中にたたずむ本堂です。

訪問日2020/06/28
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4日前
南光寺 (笠懸不動尊),見どころ,やまも

札所本尊の笠懸不動尊です。

訪問日2020/06/28
4 0 13
4日前
南光寺 (笠懸不動尊),見どころ,やまも

七福神の石仏です。ご利益が有りそうです。

訪問日2020/06/28
3 0 12
4日前
南光寺 (笠懸不動尊),見どころ,やまも

緑の中にたたずむ南光寺の鐘楼です。

訪問日2020/06/28
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3ヶ月前
南光寺 (笠懸不動尊),見どころ,zx14

巨大な不動明王です。今度は垂れサクラの満開の時に訪れてたいです。

訪問日2020/04/19
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3ヶ月前
南光寺 (笠懸不動尊),見どころ,zx14

笠懸不動明王様が祭られていました。

訪問日2020/04/19
38 0 143
5ヶ月前
南光寺 (笠懸不動尊),見どころ,アゲハ

群馬県みどり市笠懸町阿左美967を御座所とする日輪山 観音院 南光寺は高野山真言宗で弘法大師様のお寺です。

国道50号線JR両毛線が交差する岩宿の信号を南下して、次の信号を左斜めに入り道なりに行くとT字路になるので右折し、次の交差点を右折すると門前、馬頭観音を始めとする多数の石仏群の並ぶ駐車場があります。

南光寺駐車場から眺めた社頭。

40 0 126
5ヶ月前
南光寺 (笠懸不動尊),見どころ,アゲハ

駐車場に整然と並ぶ石仏群や庚申塔。
下段の庚申塔は、江戸時代中期以降に流行した青面金剛を信仰する庚申信仰です。
お姿を彫刻出来るのは大きな資金力のある団体(講社)で、大きな石(岩)に文字だけ彫って簡易的に信仰の対象としました。
1.5メートルほどの巨岩です
ちなみに青面金剛とは今の不動明王の異形です。

38 0 119
5ヶ月前
南光寺 (笠懸不動尊),見どころ,アゲハ

社頭山門左側にも観音菩薩像「聖観音」を囲むように百番供養塔&三界萬霊無縁供養塔があります。
その側には、前掛けをした安政の六地蔵尊の石仏も祀られています。
六地蔵尊の隣奥には馬頭観音が並びます。

39 0 126
5ヶ月前
南光寺 (笠懸不動尊),見どころ,アゲハ

境内外三仏。

左から、駐車場入り口の子育地蔵尊。
道路を挟んで反対側の阿弥陀如来。
像容は、親指と他の指で輪を作っている定印は、見分ける目安になる。
(銭くれが一番似合うお姿かな)
百番供養塔内の聖観音菩薩。

38 0 113
5ヶ月前
南光寺 (笠懸不動尊),見どころ,アゲハ

銀杏・桜・百日紅・楓・つつじ・壇香梅など十五種を超える樹木が境内内外を取り囲み自然美が溢れるような環境に心地良いものかを感じながら、クスノキのプレートがかしげている様に、気を抜けるところも有るんだと思いながら山門と寺号標の奥に見え隠れしている五輪塔が3基ある。
中央のものは、さんのう塚(古墳)から昭和56年(1981年)に移設されたもので、水輪に石仏が彫られており、鎌倉時代(南北朝時代)の造立と推定される。
ちなみに、さんのう塚は更地にされて現在水田になっている。
他の2基も他所からの移設だそうです。

40 0 110
5ヶ月前
南光寺 (笠懸不動尊),見どころ,アゲハ

山門を潜り境内左側には、七福神像7名全員集合♪
みどり市には、七福神の霊場はないが中央にお供物のある弁財天は、南光寺本堂に社宝として祀られている。

明治22年(1889年)の火災を逃れていると思われる鐘楼と梵鐘、慶安2年(1649年)高野山龍光院末中本寺の格式を得て、現在地に伽藍を整えた当時のものかはわからない。

左側には、気安そうに手を挙げている仏様、百日紅の大木の舞うにある舟形手水鉢。此れを水面に浮かべたら浮くのだろうかと、泥船の様に沈むか。
右側のスリムな観音様は、聖観世音菩薩です。

38 2 120
5ヶ月前
南光寺 (笠懸不動尊),見どころ,アゲハ

七福神のおわす境内、本堂寄りに像に乗った観音様が居られます。
なんでネットではこの偉い観音様の名前すら公表しないのか不思議です。
象に乗った石仏は「普賢菩薩像」です。
像で有るから、象に乗っているわけではないんですよ。
普賢菩薩(ふげんぼさつ)は、理知・慈悲の仏。
文殊菩薩と共に釈迦仏の脇侍ともされるえらいお方です。
おもに独尊としては、蓮華座を乗せた六牙の白象に結跏趺坐して合掌する姿で描かれるのが、最も一般的です。

37 2 110
5ヶ月前
南光寺 (笠懸不動尊),見どころ,アゲハ

その隣には、弘法大師修行像平成15年に安置された弘法大師修行像。
その台座に「虚空尽き 衆生尽き 涅槃尽きなば 我願いも尽きなむ」という文言が書かれています。
要約すると、「皆が悟りを開き、輪廻から解脱した時こそ、私の願いも終わる」といったところでしょうかね。

また、鎌倉時代に弘法大師がこの地に巡錫され、行基菩薩作の白衣観音菩薩を本尊として開創されたといわれていることからも、弘法大師様のお寺として、弘法大師堂があり、守護を司る金剛力士像(吽形)と金剛力士像(阿形)がいるわけです。
守護のしすぎなのか全身に塩を吹いている様に見えます。( ´艸`)

38 0 106
5ヶ月前
南光寺 (笠懸不動尊),見どころ,アゲハ

本堂の西には、新しいお堂が建っています。
宝形造、桟瓦葺、桁行3間、梁間3間、正面3間向拝付、外壁は真壁造板張りで、平成17年(2005年)の再建です。
扁額は、弘法大師の「弘法」です。
120cmの弘法大師座像が安置されている大師堂です。
八十八ヶ所霊場巡礼の方は、こちらを重要視しているようです。

40 0 102
5ヶ月前
南光寺 (笠懸不動尊),見どころ,アゲハ

南光寺本堂です。
本堂は明治22年(1889年)に焼失、同26年(1893年)に再建されている。
入母屋造り、桟瓦葺、桁行6間、正面1間向拝付、外壁は真壁造りですね。
中興 開山は安土桃山時代(1596)と記されていますが、それ以前には現在地より真北、岩宿駅の南に大きな寺院跡が確認されています。
この寺は新田義貞らが活躍した南北朝動乱の後に、後醍醐天皇(ごだいごてんのう)の皇子護良親王(もりながしん のう)の側室、南光比丘尼(ひるに)が蟄居(ちっきょ)したと伝えられ、又新田岩松氏との深い関係から徳川三代将 軍家光公より朱印状が下付され、幕末まで続いていた格式のある寺院です。
その後の歴代住職によって、伽藍維持整備に努め、地域教育のため寺子屋活動などを続けて、やがて幼稚園の創立につながり密教の法燈を連綿と守りました。
そして、末寺一ヶ寺を有して現在に至ります。
その後も諸堂は次第に整えられたましたが、明治22年(1889年)の火災で、本堂、客殿、庫裡を焼失し、明治26年(1893年)に再建されています。

37 0 107
5ヶ月前
南光寺 (笠懸不動尊),見どころ,アゲハ

番所札の掛かる本堂向拝。

霊場としての当山は、あらゆる障難を百由旬の外に退けるとされる「笠懸不動尊」と称されて、「北関東三十六不動尊霊場」の第八番札所でもある。
最近開創された、「東国へんろ」の霊場「関東八十八箇所」の七番札所にも認定されています。
まとめると。
札所本尊 不動明王・十一面観世音菩薩。
札所等  北関東三十六不動尊霊場(第八番札所)、
     新上州観音霊場三十三カ所(第六番札所)、
     関東八十八箇所(第七番札所)、
     関東百八地蔵尊霊場(第三十七番札所)、
     新四国八十八ヶ所霊場(第四十二番札所)
御詠歌  笠懸の 御寺に参り 拝む身の 万の願い 叶わぬはなし
     曼荼羅に 命輝く 日輪の びる遮那如来 救いすばらし 
と南光寺は、霊場がいくつも重なっています。

36 0 111
5ヶ月前
南光寺 (笠懸不動尊),見どころ,アゲハ

本堂内部。

本尊の胎蔵界大日如来は大仏師の備前法橋、朝安の応永10年(1403)作と伝えられています。
本堂内にはその他に不動明王、薬師如来、阿弥陀如来、金剛界大日如来、真言六観音、愛染明王などが安置されている。

寺宝としては、本尊の胎蔵界大日如来、霊場本尊の十一面観世音菩薩をはじめとして、不動明王、薬師如来、阿弥陀如来、弁財天などの諸仏の他、牛頭曼荼羅 、徳川歴代将軍朱印状九通が残されています。

名称  日輪山 観音院 南光寺(にちりんざん かんのんいん なんこうじ)、通称:笠懸不動
宗派  高野山真言宗
御本尊 胎蔵界大日如来、札所本尊:不動明王、十一面観世音菩薩
開創  鎌倉時代
開山  南光比丘尼
寺格等 高野山龍光院中本寺