やまうちじんじゃ
愛媛県松山市南江戸5-1506
享保17年(1732)の大飢饉で松山藩に多くの餓死者が出たとき、江戸詰めであった松山藩主松平定英は、幕府から施政不行き届きのかどで謹慎を命じられた。目付役だった山内与右衛門久元は主君の命で飢饉実情を..
享保17年(1732)の大飢饉で松山藩に多くの餓死者が出たとき、江戸詰めであった松山藩主松平定英は、幕府から施政不行き届きのかどで謹慎を命じられた。目付役だった山内与右衛門久元は主君の命で飢饉実情を報告したが、定英公は国元の不始末を苦にして急逝した。与右衛門は享保18年罪を負わされ味酒村長久寺で切腹。文化11年(1814)時の藩主松平定通は与右衛門の忠義をたたえて山内神社を建てた。
朝日八幡神社の南東隣に鎮座する、松山藩の忠臣山内与右衛門久元を祀る神社である。朝日八幡神社の兼務社。
厳敏鎌輪瓊命(山内与右衛門久元公ノ霊)
1814年(文化11年)
4月23日 例祭
JR松山駅・伊予鉄道松山市駅よりバス10番線にて、朝日神社前バス停下車徒歩5分。
無料
無し