おおすぎじんじゃ
埼玉県ふじみ野市福岡888
「船が着いたや吉野屋に早くトレトレおてもやも…」は下福岡の船頭歌の一節である。 この下福岡の地は、先祖代々新河岸舟運の舟頭を職業としている人々が多く居住していた村で、舟運が終わりをつげる大正時代..
「船が着いたや吉野屋に早くトレトレおてもやも…」は下福岡の船頭歌の一節である。 この下福岡の地は、先祖代々新河岸舟運の舟頭を職業としている人々が多く居住していた村で、舟運が終わりをつげる大正時代まで、福岡河岸や古市場河岸の回漕問屋を取り扱う舟持船頭として活躍していた。 数多くの船頭が住んでいたことから、舟運関係者の守護神として大杉神社が明治十一年(1878)祀られた。 祭神は、常陸国河内郡阿波村(現茨城県稲敷郡桜川村)の大杉神社(本社)祭神である大物主大神の分霊を招請したもので、暴風雨などによる船の難破を防ぐ霊威があるため、船頭の信仰が厚かった。 また拝殿裏に、神社が建設された年より五十二年前の文政九年(1826)に福岡村の吉田茂吉、同伊左衛門によって建立された「大杉宮 船玉宮 水天宮三社大明神奉鎮座 船中安全 村中安泰」の石碑があることから、この地は神社が祀られる前からのw聖地として舟運関係者や村民より深く親しまれてきた場所であったことがわかる。 当社の拝殿内にはふじみ野市指定有形文化財の奉納額がある。 額の左右には、ご身体である天狗が配されており、下福岡の船頭や新河岸・荒川・利根川・鬼怒川など関東一円の船頭、船大工など百人余りが、船の安全祈願のために奉納したもので、明治十八年九月吉日の日付が入っている。 祭礼は毎年九月二十七日で大正時代までは、船神楽芝居が行われ大変賑割っていた。 その頃まで、船頭たちは上り下りの船上から神社(大杉様)に向かって賽銭を投げ、運行の無事を祈っていたとう。 また、船頭衆の中から代表二名を選んで、毎年一回成田方面を経て利根川を渡って茨城県の大杉神社(本社)へ代参講に行き、その折もらったお礼をセジ(船中で船頭が生活する部屋)の神棚に祀っていた。
大杉神社(おおすぎじんじゃ)は、埼玉県ふじみ野市中福岡にある小さな神社である。1878年(明治11年)に建てられた。本社は茨城県稲敷市にある大杉神社で、祭神は大物主大神である。
大物主大神
木製天狗二体
明治十一年(1878)