かえりぐまはちまんじんじゃ
愛媛県松山市山越3-3-2
貞観年間(859~877年)に京都の石清水八幡宮より勧請し河野氏の崇敬を受けたという。慶長5年(1600年)、松前城主加藤嘉明が関ヶ原の戦いに出陣した留守に、毛利勢が河野の遺臣らと共に三津浜に攻め入..
貞観年間(859~877年)に京都の石清水八幡宮より勧請し河野氏の崇敬を受けたという。慶長5年(1600年)、松前城主加藤嘉明が関ヶ原の戦いに出陣した留守に、毛利勢が河野の遺臣らと共に三津浜に攻め入り当神社に立てこもったため、嘉明の家臣、佃十成がこれを撃滅、その時の兵火によって神殿を焼失、旧記、宝物等を失ったという。慶長6年、加藤嘉明が松山城築城にあたり、社殿を現在の地に移して再建し、八社八幡の一社として崇敬したと伝えられる。 「旅行する人この社に詣でれば必ず還り来ると信ずる人多く、「還熊」という名になった」と境内掲示に紹介されている。
還熊八幡神社(かえりぐまはちまんじんじゃ)は、愛媛県松山市にある神社である。神紋は左三つ巴。
品田和気命 帯中彦命 息長帯姫命 迦具都知命
旧村社
伝・貞観年間(859~877年)
本殿 流造
松山八社八幡の七番社
例祭10月6日
伊予鉄市内電車・木屋町電停徒歩15分。 バス北条線・還熊八幡前徒歩約3分。
無料
無し