むつみじんじゃ
埼玉県さいたま市南区白幡1丁目16-13
白幡は、現在は高層住宅や工場の立ち並ぶ市街地であるが、かっては中山道沿いののどかな農業地域であった。その村名について『風土記稿』は、天慶年中(938-947)、平将門を征伐するために藤原秀郷がしば..
白幡は、現在は高層住宅や工場の立ち並ぶ市街地であるが、かっては中山道沿いののどかな農業地域であった。その村名について『風土記稿』は、天慶年中(938-947)、平将門を征伐するために藤原秀郷がしばしば陣を張り、八幡神を勧請して軍の勝利を祈った際、陣中に白幡を立てたことに由来するとの話を載せている。 当社は、この白幡の村社であった富士社(富士浅間社)に10の神社を合祀して成立した神社で、「睦」の社号は合祀で一つになった諸社及びその氏子が睦び和むようにとの願いを込めたものである。なおこの合祀は二回に分けて行われており、まず明治四十年六月に大字浦和領別所の村社稲荷社、大字浦和領辻の村社熊野社、大字文蔵の村社神明社及び各々の境内社、大字白旗から無格社の諏訪社及び八幡社を合祀し、次いで同四十二年十二月に大字浦和領別所から無格社の神明社・十羅神社・稲荷社(三社)・第六天社(二社)を合祀している。ちなみに、当社が睦神社と改称したのは明治四十四年のことである。 これらの諸社のうち、白幡の八幡社は、『風土記稿』白幡村の項に「八幡社 当社は天慶年中平将門征伐の時、藤原秀郷軍の勝利を祈らんが為に、勧請せしなど土人はいへり(以下略)」と載る社で、その本地仏の阿弥陀像は、明暦二年(1656)に倒れた神木で作ったものであったという。県立浦和商業高校は、同社の旧地に建っている。 (『境内の御由緒より)
睦神社(むつみじんじゃ) は、埼玉県さいたま市南区にある神社。総本社は富士山本宮浅間大社。調神社の兼務社となっている。
木花開耶姫命(コノハナサクヤヒメノミコト)
旧村社 調神社兼務社
稲荷祭:三月初午 例祭:四月十五日 浅間社例祭:七月一日 諏訪神社例祭:八月二十七日 八幡神社例祭:九月十五日 秋祭:十一月二十三日直後の日曜日
JR武蔵浦和駅 徒歩8分 JR浦和駅 徒歩15分 南浦和駅 から徒歩20分
無料
無し