ふくかいじ
兵庫県神戸市兵庫区西柳原町10-10
兼武3年、京都合戦に敗れた足利尊氏公は、丹波路を取り播州三草より兵庫に来られましたが新田義貞の兵士に追われるところになり、急遽福海寺の前身である針が崎観音堂の壇下に身を潜められました。それにより幸う..
兼武3年、京都合戦に敗れた足利尊氏公は、丹波路を取り播州三草より兵庫に来られましたが新田義貞の兵士に追われるところになり、急遽福海寺の前身である針が崎観音堂の壇下に身を潜められました。それにより幸うじて一命を取り留めた足利 尊氏公はその後兵庫を出航され、九州より西国の水軍を率いて観世音菩薩名号の帆を張った軍船を兵庫の地に再上陸させます。そして見事湊川の合戦に勝利されます。その後、室町幕府を開かれた尊氏公は、康永3年(1344年)一命を取り留めることとなった針が崎観音堂への報恩と彼我戦没者供養、祝国安民祈願の為に、京都正伝寺より在庵圓有(ざいあんえんゆう)禅師を拝請し、福海寺を開かれました。
福海寺(ふくかいじ)は、兵庫県神戸市兵庫区にある足利尊氏が開いた、臨済宗南禅寺派の諸山の格式を持つ寺院。山号は大光山。正式には「大光山福海興国禅寺」という。本堂には尊氏書の「福海興国禅寺」の扁額が掛かる。本尊は釈迦如来。
臨済宗
南禅寺派
康永3年(1344年)
釈迦如来 十一面観世音菩薩
福原西国観音霊場 第23番 兵庫七福神の大黒天
柳原十日戎 1月9日, 10日, 11日
JR山陽本線 兵庫駅より徒歩6分 神戸高速線 大開駅より徒歩10分
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