だいうんいん(どうかくじ)
京都府京都市東山区祇園町南側594-1
通称「銅閣寺」または「銅閣」。京都・祇園に聳え立つ奇妙な形の望楼「祇園閣」は、祇園祭の山鉾をモチーフにしており、高く伸びた角のてっぺんには鶴が乗り、全体は仏堂風の造りという謎の建築物。 大雲院は非..
通称「銅閣寺」または「銅閣」。京都・祇園に聳え立つ奇妙な形の望楼「祇園閣」は、祇園祭の山鉾をモチーフにしており、高く伸びた角のてっぺんには鶴が乗り、全体は仏堂風の造りという謎の建築物。 大雲院は非公開の為、銀閣、銀閣に比べて一般にはあまり知られていない。ただし数年おきに期間を限って公開され、公開の際は祇園閣に登ることや、墓地の石川五エ門墓所や織田信長らの慰霊碑の参拝もできる。書院の内部公開は行われない。
天正15年に織田信長、信忠親子の菩提を弔う為に正親町天皇の勅命により建てられた寺院。寺の名前は織田信忠の戒名「大雲院殿三品羽林仙巌大居士」から取られた。
創建当初の大雲院は御池御所(現在の烏丸二条)にあり、その後豊臣秀吉の都市政策により四条河原町へと移転。そして昭和48年に現在の祇園・東山界隈に移転したが、最後に移転したこの場所は、一代で巨万の富を築き、現在の大成建設や帝国ホテルの創始者でもある大倉喜八郎氏の別荘だった。
【大倉喜八郎の夢・銅閣】 大倉喜八郎氏は、金閣・銀閣に次ぐ銅閣を作って一般公開し京都の新名所にすることを考え別荘の敷地内に”銅閣”を建てる事を決めた。 築地本願寺や平安神宮を手掛けた事で有名な昭和の建築家・伊藤忠太氏に設計を依頼し、伊東氏は祇園祭の山鉾をモチーフにして設計、その形から「祇園閣」と命名されました。高さが36mの「祇園閣」は屋根がしっかりと銅板葺きにされており、大倉喜八郎氏の夢”銅閣”が京都に誕生した。 頂部の鶴は、喜八郎の幼名が“鶴吉”、晩年に“鶴翁”と名乗ったことに由来する。
【石川五右衛門の墓】 境内墓地には石川五右衛門の墓があり、これは処刑前に市中を引き回された五右衛門が大雲院門前に至った際、貞安が引導を渡した縁による。
龍池山
大雲院
浄土宗
天正15年(1587年)
阿弥陀如来
貞安上人
正親町天皇
市バス206系統 (D2乗り場)「東山安井」下車徒歩約5分
特別公開 時 10:00〜16:30(16:00受付終了)
特別公開 大人 600円 中高生 400円 小学生 300円
無し
有り