だいえんじ
東京都目黒区下目黒1丁目8番5号
大黒天を祀る山手七福神の一つ。 大円寺は、JR目黒駅西口から、行人坂を下っている途中にあります。明和9年2月(1772年)に本堂から出火し、江戸600余町を焼失した大火の火元となったお寺で、江戸三..
大黒天を祀る山手七福神の一つ。 大円寺は、JR目黒駅西口から、行人坂を下っている途中にあります。明和9年2月(1772年)に本堂から出火し、江戸600余町を焼失した大火の火元となったお寺で、江戸三大火事の一つに数えられる「行人坂火事」の火元となったお寺として有名です。この大火の犠牲者を供養するため五百羅漢の石像があります。本堂には「開運招福大黒天」が祀られており、開運祈願もできます。 本堂の右側にある「八百屋お七、吉三の墓碑」は、歌舞伎の題材として有名な「お七と吉三」ゆかりのお寺で、縁結びのパワースポットしても有名です。お七は大火事で避難したお寺で吉三と運命的に出会い、恋に落ちました。ただ自由な恋愛が認められている時代ではなかった。でもお七の吉三への想いは募るばかり。そこでもう一度自宅が燃えれば、また吉三がいる寺で暮らすことができると考え、吉三に会いたい一心で自宅に放火をしました。火はすぐに消し止められボヤにとどまりましたが、当時放火は重罪で、お七は火あぶりに処されました。その後いつの日からか、「縁結び(熱愛?)の寺」として江戸の女性たちに広まったそう。 墓碑の脇には黒い車輪のような「摩尼車(まにぐるま)」があり、1回まわすとお経を1回唱えたことと同じご利益があるそう。
寛永年間(1624年 - 1644年)湯殿山修験道の行者大海が創建したのに始まると伝えられる。1772年(明和9年)2月に発生した大火(明和の大火・行人坂火事)の火元となった寺であることから、江戸幕府から再建の許可が得られなかった。江戸時代後期の1848年(嘉永元年)になって薩摩藩主島津斉興の帰依を得て、その菩提寺としてようやく再建された。明治に入り隣接した明王院がこの寺に統合されている。
松林山
天台宗
寛永年間 (西暦1624年頃)
釈迦如来
湯殿山修験道の行者大海
山手七福神
釈迦如来像 1193年国重文 白銅菊花双雀鏡 1193年国重文 胎内文書三片 1193年国重文 五百羅漢像 520体 1776年都重文 阿弥陀三尊 1712年区重文 十一面観音像 894年区重文 勢至菩薩像 1730年区重文 行人坂敷石造道供養碑 1770年区重文 山手七福神の大黒天 八百屋お七吉三の碑 会津八一の扁額
JR 山手線/目黒駅 徒歩3分
無し