ひろせじんじゃ
広島県広島市中区広瀬町1番19号
廣瀬神社のご由緒は天正の時代、この場所に廣瀬弁財天というお社があったのが始まりとされています。その後毛利輝元がこの地に鎮守社として廣瀬市杵島大明神と称して厚い信仰を集めました。 明治時代には社格が..
廣瀬神社のご由緒は天正の時代、この場所に廣瀬弁財天というお社があったのが始まりとされています。その後毛利輝元がこの地に鎮守社として廣瀬市杵島大明神と称して厚い信仰を集めました。 明治時代には社格が村社と定められ、境内には樹齢300年以上の大樹や森があり、諸々の社殿がある大きな神社でしたが、昭和20年の原爆によって大きく焼失。 戦後市街地の区画整理の結果、境内の広さは狭くなりましたが、拝殿や本殿が造営され、昭和51年にかけて境内の整備が行われました。
天正年間(1573~1592)此処に廣瀬弁財天という社あり。毛利輝元がこの地に菩提寺 洞春寺をおいた際に、厚く信仰していた廣瀬市杵島大明神を鎮守社とし、社領を寄せられたといわれております。享保8年(1723)社号を廣瀬大明神と改称。 ...
市杵島比賣命, 多岐理比賣命, 多岐津比賣命
村社
うつくしの杜
路面電車「十日市町」又は「別院前」より徒歩約7分
無料
有り