くらまえじんじゃ
東京都台東区蔵前3-14-11
1693年(元禄6年)8月、山城国(現在の京都府)男山の石清水八幡宮を徳川5代将軍綱吉公が当地に勧請奉斎し、江戸城鬼門除の守護神ならびに将軍家祈願所の一社として尊崇せられ、御朱印社領200石を寄進..
1693年(元禄6年)8月、山城国(現在の京都府)男山の石清水八幡宮を徳川5代将軍綱吉公が当地に勧請奉斎し、江戸城鬼門除の守護神ならびに将軍家祈願所の一社として尊崇せられ、御朱印社領200石を寄進されました。 江戸時代には別当職の僧侶も在任し、文殊院または大護院の八幡宮とも称されましたが、一般には、蔵前八幡あるいは「蔵前の八幡さま」と唱えられ、庶民の崇敬者はなはだ多く、関東地方における名社の一つに数えられました。 当社の創建当時は、境内地も2,270余坪を有し、勧進大相撲の開催も22回に及び、この間大関谷風、大関雷電、関脇小野川などの名力士も当社境内を舞台に活躍し、賑わいを呈しました。 明治以降別当職は廃止され、1878年(明治11年)11月に石清水神社へ、1886年(明治19年)4月には石清水八幡宮へと改称されました。 1923年(大正12年)9月の関東大震災により社殿が焼失し、その後再建された社殿も1945年(昭和20年)3月の戦災により焼失しましたが、後に再建されて現在に至ります。
〔東京都神社名鑑より 一部改〕
徳川第五代将軍綱吉公が、元禄六年(1693年)八月、江戸城鬼門除の守護神・徳川将軍家祈願所として、京都の石清水八幡宮を勧請。御朱印社領二百石寄進。勧進大相撲発祥の地で63連勝の谷風が小野川に敗れた1番は江戸中大騒ぎとなった。
・應神天皇(おうじんてんのう) ・神功皇后(じんぐうこうごう) ・姫大神(ひめのおおかみ) ・倉稲魂命(うかのみたまのみこと) ・菅原道真公(すがわらみちざねこう) ・塩土翁命(しおつちのおきなのみこと)
旧郷社
1693年(元禄6年)8月
・藏前八幡 ・東石清水宮
6月第1土曜・日曜
・都営地下鉄 大江戸線「蔵前駅」(A6出口)から徒歩で約2分(約130m) ・都営地下鉄 浅草線「蔵前駅」(A4出口)から徒歩で約3分(約210m)
無料
約15分~
無し(近隣の有料Pを利用)
無し