はつかいちてんまんぐう
広島県廿日市市天神3-2
当社旧記によると、廿日市天満宮は鎌倉時代の承久2年(1220年)に藤原親実公が厳島神社の神主として幕府より任命され、廿日市の桜尾城に着任の後天福元年(1233年)に守護神として鎌倉の荏柄天神を勧請し..
当社旧記によると、廿日市天満宮は鎌倉時代の承久2年(1220年)に藤原親実公が厳島神社の神主として幕府より任命され、廿日市の桜尾城に着任の後天福元年(1233年)に守護神として鎌倉の荏柄天神を勧請してこの篠尾山に社殿を造り鎮座されたもので、それよりこの山を天神山と言うようになりました。 また親実公は厳島神社造営のため、鎌倉より多くの大工、小工、桧皮師、瓦師、鍛冶鋳物師などを招き、その子孫も多くこの地に永住するようになり、町も港も栄える基を開かれました。親実公より15代続いた藤原神主職も天文2年(1533年)周防の大内義隆に討たれ断絶しましたが、この天満宮の祭礼神事は大内氏が厳島の上郷、祝師、棚守職らに命じて住古の如くに行わせ、神領も寄進して御神徳益々栄えていましたが、その後百年余りの間に神主もおらないので社殿も荒れ転倒するまでになりました。慶安5年(1652年)町の氏子より寄付を募って社殿を造営し、社傍に一寺を作り天満宮別当天神坊とも言いましたが、明治維新の際分離し今日に至っております。 慶安の年に建造された社殿は明治17年(1884年)に火災で焼失し、現在の社殿は明治22年に再建されたものです。
[主神] 菅原道真公(スガワラミチザネコウ) [相殿] 八幡宮(ハチマングウ) 仲哀天皇(チュウアイテンノウ) 応神天皇(オウジンテンノウ) 神功皇后(ジングウコウゴウ) [相殿] 新宮(シングウ) 伊邪那岐命(イザナギノミコト) 伊邪那美命(イザナミノミコト) [相殿] 新八幡宮(シンハチマングウ) 藤原親実公(フジワラノチカザネコウ)
村社
天福元年(1233年)
広電2号線 廿日市駅 徒歩4分 JR山陽本線 廿日市駅 徒歩6分 広電2号線 山陽女学園前駅 徒歩8分
午前9時より午後5時まで
無料
鳥居右手から入って奥に有り