おおみなとじんじゃ
鳥取県境港市栄町161
創建は不詳。源頼朝が勧請し、伯耆国八社八幡の一つとしたと伝えられ、後鳥羽院や後醍醐天皇も参拝されたとされる。この頃は、社殿社領とも宏大であったが、山名氏、尼子氏の戦乱に遭い衰えた。その後尼子氏によっ..
創建は不詳。源頼朝が勧請し、伯耆国八社八幡の一つとしたと伝えられ、後鳥羽院や後醍醐天皇も参拝されたとされる。この頃は、社殿社領とも宏大であったが、山名氏、尼子氏の戦乱に遭い衰えた。その後尼子氏によって再興したが、永禄(1558~1570)の兵乱で再び荒廃した。慶安2年(1649)池田氏により復興され、 寛文7年(1667)社領七斗が寄せられた。 上道、中野、福定、竹内、高松村の産土神として信仰され、寛政年間(1789~1801)以降は、若狭、但馬、石見などの廻船業者の参詣、寄進が相次ぎ、明治初年に正八幡宮の旧称から大港神社に改称された。 大正4年に境の龜井神社を合併。昭和8年郷社に昇格。昭和27年に境町字宮ノ西の旧郷社餘子神社、同末社日御碕大明神を合併した。
創建は不詳。源頼朝が勧請し、伯耆国八社八幡の一つとしたと伝えられる。明治初年に正八幡宮の旧称から大港神社に改称された。
品田和気尊、大帯姫尊、比咩大神、武内宿禰命、亀井能登守安綱、須佐之男尊、大己貴命、事代主命、清若丸、手島四良三郎、小磯亦四郎
旧郷社
不詳
9月15日
手水鉢、石鳥居及び長明燈が、境港市指定文化財「大港神社奉納石造物」として登録される。
JR境港駅から徒歩10分
無料
なし