おうけんじ
神奈川県横浜市神奈川区中丸1-22
日應上人御遷化の地、神奈川に寺院を建立し御報恩に供することは、第3代法道院主管観妙院日慈上人の強い願いでした。 昭和48(1973)年6月に法道院(東京豊島区)で行われた日應上人御正当会法要の..
日應上人御遷化の地、神奈川に寺院を建立し御報恩に供することは、第3代法道院主管観妙院日慈上人の強い願いでした。 昭和48(1973)年6月に法道院(東京豊島区)で行われた日應上人御正当会法要の折の法話で、観妙院日慈上人は、法道院に依る数ケ寺の寺院建立計画を発表されました。その中で「寺院建立について、どうしても私が命のある内にやらなければならないのが、神奈川へ建てる日應上人のお寺です。これはどんなことをしてもやらなければならない。(中略)これは私の一生の念願です」と述べています。 観妙院日慈上人は、昭和51(1976)年6月の日應上人御報恩御講の時期より本格的に適地をさがしはじめ、7年後の昭和58(1983)年2月に現在地を取得しての、3か月後の5月に起工式が行われました。 同年12月26日に、第67世御法主日顕上人猊下の大導師のもとに落慶入仏式は、盛大かつ厳粛に奉修されました。慈含山応顕寺の初代住職には舟橋義秀師(現 宝浄寺第2代住職 慧行院日謙御能化)が就任しました。 山号は日應上人の所化時代の御名の慈含から、また寺号は日應上人の應(応)の一字と、日顕上人猊下を中興開山と仰ぎ顕の一字から頂戴したものです。 御法主日顕上人猊下の落慶入仏式の『慶讃文』に: 『日應上人の法孫たる東都法道院主管観妙院日慈師、かねてより同教会の廃絶せるを深く憂い(中略)ここに寺域を求め堂宇を建立し、以って日應上人有縁の神奈川教会所復興の素志をあらわす。寔に是れ仏祖三宝の御嘉納遊ばさるるところと云うべし。日顕、その縁由に鑑みて此の寺を慈含山応顕寺と命名。(以下略)』 (『大日蓮』昭和五十九年二月号) 応顕寺は発展の一途をたどり、信徒の増加によって、従来の境内地、境内建物では不便をきたすようになりました。 大石寺開創七百年そして同寺創立七周年にあたる平成2(1990)年7月に、客殿並びに庫裡の増築、及び寺域の整備を完了し落慶法要が執り行われました。創立当時の本堂120畳、客殿20畳、控室10畳に加え、新たに45畳の客殿が新築され(旧来の客殿は控室に転用)、建坪面積が約820㎡から同1050㎡に拡大しました。 平成21(2009)年に隣地を取得し、参詣者の便を図る為の駐車場(約50台分)を新設しました。
慈含山
日蓮正宗
昭和58年12月26日
日顕上人
横浜市営バス (35、50、346) 捜真学園前バス停から徒歩1分 東急東横線 反町駅から12分 横浜市営地下鉄ブルーライン 三ツ沢下町駅から徒歩12分 東急東横線 東白楽駅から17分
有り(約50台分)