とくじゅうじ
愛知県犬山市犬山字南古券232
室町時代中期に日峰宗舜の弟子・桃隠玄朔が草庵を建てたことがはじまりとされる。しかし、寛正2年(1461年)に玄朔は後継者のないまま没したため、草庵は廃寺となった。 文明8年(1476年)、景川宗隆..
室町時代中期に日峰宗舜の弟子・桃隠玄朔が草庵を建てたことがはじまりとされる。しかし、寛正2年(1461年)に玄朔は後継者のないまま没したため、草庵は廃寺となった。 文明8年(1476年)、景川宗隆の弟子・柏庭宗松がかつての草庵跡に了義山徳授院という寺院を建立した。宗松は寺近くにあった木ノ下城を治めた織田氏の一族といわれる。また、のちに妙心寺の19世となった。 徳授院は柏庭宗松の門流で中心寺院となり、最盛期には8庵の塔頭(乾徳・玉清・泰月・臨清・自済・龍雲・祥雲・慶雲)を抱えた。塔頭のうち現在残るものは祥雲寺のみで、本末関係もなくなっている。 小牧・長久手の戦いにおいては楽田青塚に移転させられ陣営とされたため荒廃したが、まもなく常楽寺(現・可児市帷子)の堂宇を移築して復興を遂げた。
犬山にある臨済宗妙心寺派の寺院。
了義山(りょうぎさん)
臨済宗
臨済宗妙心寺派
不詳
聖観世音菩薩
桃隠玄朔
1476年(文明9年)
柏庭宗松
了義山徳授禅寺
柏庭宗松像 愛知県指定文化財 釈迦三尊像図・楊柳観音像図・蘆葉達磨図・円空仏聖観世音立像 犬山市指定文化財 本堂・位牌堂・玄関・鐘楼・山門(名古屋・総見寺遺構) 登録文化財 本尊聖観世音菩薩(湛慶作・東濃の大円寺塔頭福正院の念持仏) 村瀬太乙墓 兼松所助墓 長足庵甫磨墓
約20分
有り(幼稚園も敷地内にある為広い)