かんのんじ はぐろ
愛知県犬山市羽黒字子安59
天平19年(747年)、大洞山清水寺(のちの如意山願成寺、現・岐阜市大洞)のもとで塔頭十二坊のひとつとして創建される。 承平7年(937年)、藤原純友の乱による兵火に遭い堂塔伽藍を焼失する。 その..
天平19年(747年)、大洞山清水寺(のちの如意山願成寺、現・岐阜市大洞)のもとで塔頭十二坊のひとつとして創建される。 承平7年(937年)、藤原純友の乱による兵火に遭い堂塔伽藍を焼失する。 その後鎌倉幕府の計らいで尾張国丹羽郡羽黒の現在地に寺領を賜り再建されたが、相次ぐ戦乱に巻き込まれて衰退した。 寛永2年(1625年)、尾張藩主の命により再建された。壮大な伽藍が造営され、江戸時代には繁栄した。寺子屋の運営も行っていた。 明治元年(1867年)に発生した入鹿池の堤決壊事件(入鹿切れ)によって寺は流失した。15年後の明治16年(1883年)には信者有志により現本堂が建立されたが、往時のような壮大なものは建設できなかった。
白藤山
真言宗
真言宗智山派
747年(天平19年)
十一面観世音菩薩
白藤山観音寺
金剛廿一大師第14番札所