ひきちさんにっこうじかんのんどう
栃木県佐野市富岡町305
護良親王ゆかりの観音像を祀ったのが始まりとされる。その寺が南北朝の南朝方であったため北朝の足利氏からにらまれ、本尊は沼に投げ捨てられてしまう。その後、漁夫の網にかかり沼のほとりに安置されるが、阿曽沼..
護良親王ゆかりの観音像を祀ったのが始まりとされる。その寺が南北朝の南朝方であったため北朝の足利氏からにらまれ、本尊は沼に投げ捨てられてしまう。その後、漁夫の網にかかり沼のほとりに安置されるが、阿曽沼城(現・浅沼町周辺)の城主の夢枕に立ち、現在の地に移されたという。 現在の観音堂などの建物は文政七年(1824年)、関根弥惣清則が25年の歳月と私財を投じて再建したもの。安産・子育てにご利益があるという観音像は、33年に一度御開帳される。近年は平成20年(2008年)に行われた。 現在、無住の寺となっているが、地元の人々の手で管理し守られている。
引地山
真言宗
不詳
関根弥惣清則
下野三十三観音第二十七番札所
東北道佐野藤岡ICより約15分 JR両毛線、東武佐野線「佐野」駅から徒歩約15分。
無料
有り