えきじんじゃ
京都府京都市東山区祇園町北側625
むかし祖神が諸国を巡って日暮れに宿を請うたところ巨旦将来は富み栄えていたのに貸さず、蘇民将来命は貧しかったけれども粟穀で座をしいて粟の粥で手厚くもてなしましたので、「われはハヤスサノヲの神なり」と..
むかし祖神が諸国を巡って日暮れに宿を請うたところ巨旦将来は富み栄えていたのに貸さず、蘇民将来命は貧しかったけれども粟穀で座をしいて粟の粥で手厚くもてなしましたので、「われはハヤスサノヲの神なり」といい、後年疫病が流行しても茅の輪をつけて「蘇民将来の子孫なり」といえば、災厄から免れしめると約束され、巨旦将来の子孫は皆絶えてしまいましたが蘇民将来の子孫は今に栄えています。 令和元年七月三十一日に社殿修復竣功しました。 祭日 例祭 一月十九日 夏越祭 七月三十一日
蘇民将来命(ソミンショウライノミコト)
八坂神社摂社(八坂神社境内社)
1823年頃 (文政六年頃)
一月十九日
夏越祭 七月三十一日
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