まついてんじんじゃ
京都府京田辺市松井向山1
社伝によると、もとは松井交野ヶ原に創祀されたものを現在地に移したという。長岡京に遷都の翌年の延暦四年(七八五)桓武天皇が天神を交野柏原にまつったことが『続日本紀』にみえる。この交野は現在の枚方市樟葉..
社伝によると、もとは松井交野ヶ原に創祀されたものを現在地に移したという。長岡京に遷都の翌年の延暦四年(七八五)桓武天皇が天神を交野柏原にまつったことが『続日本紀』にみえる。この交野は現在の枚方市樟葉の交野天神社であるとされるが、ここ松井にも交野ヶ原・柏原の地名があり、社伝との関係が注目される。江戸時代は、神宮寺の中性院によって管理されていた。
現在の本殿(京都府登録文化財)は、江戸時代中期の享保二年(一七一七)に、それまで二棟であったものを一棟にしたもので、山城地方では例の少ない二間社として貴重である。装飾が堂々かつ奔放で庇妻の虹梁等の絵様の渦は幅が広く活気がある。
平成四・五年(一九九二・九三)に屋根をもとの檜皮葺に戻し彩色の修理も行い、かつての姿がよみがえった。
京都府京田辺市松井向山に鎮座する式内社
天照大神、伊弉諾尊
式内社(山城國綴喜郡 天神社)
二間社流造
10月15日
本殿:京都府登録文化財