創建年代は不詳であるが、元文3年(1738年)の棟札には造営の記録があり、これ以前には存在していたと思われる。また、境内の天明3年(1783)の石鳥居の扁額を見ると、「正三位」の神位をうけたことも確認できる。
1868年(明治元年)の神仏分離令により、白山妙理権現から、社名を現在の白山太神社に改称し、1870年(明治3年)に別当の常光寺住職でかつて出丸村の名主であった密音は還俗して今井尚象と改名して神職となり、白山太神社の祭祀を司るようになった。1914年(大正3年)には字観音の無格社天満社及びに関田裏の無格社稲荷社を合祀している。