かなやまじんじゃ
埼玉県さいたま市西区佐知川1305-1
当地は荒川の自然堤防上にあり、地名の由来は傾斜地・日向地を表すサジの縁に当たることからサジカワとなったという。 また、「清河寺文書」の応永二十九年(一四二二)の足利基氏寄進状には「佐知川」の文字が..
当地は荒川の自然堤防上にあり、地名の由来は傾斜地・日向地を表すサジの縁に当たることからサジカワとなったという。 また、「清河寺文書」の応永二十九年(一四二二)の足利基氏寄進状には「佐知川」の文字が見えることから、室町時代には既に村があったことがうかがわれる。 当地に金山神社が祀られた理由として、鍛冶や鋳物師との関係が考えられる。これを裏付けるものとして、当地の発掘調査において平安時代の住居跡などからは、鉄製品や金屎が出土しており、更には、太平洋戦争中の食糧増産のため、陸田に地下水を汲み出して水田にしたところ、地下五メートルから九メートルにある砂の層から鉄分を多く含んだ水が出て、汲み置くと赤くなったり、稲の根の周りが赤くなったという。これらのことから、当地で製鉄・鍛治・鋳造などを行っていた集団が居住していた時代があったことが推測される。往時の別当は、天台宗の金生山覚蔵院正覚寺(明治六年廃寺)で、現在も神仏習合当時の名残として、当社境内には金山堂と呼ばれる堂があるほか、西側の代官堀を隔てて覚蔵院跡がある。 境内には、天神社・八雲社・琴平社・厳嶋社・日枝社・八幡社と明治四十年に合祀した字前の神明社、同境内社の三王・荒神・稲荷・御嶽・水神の五社、字前の第六天社、字後谷の一本松稲荷社がある。
金山彦命、金山姫命
旧村社
定例日:4月7日 天王様:7月第2土曜日