創立年代不詳なるが由緒は古く、新編武蔵風土記にも記載されてゐる古社である。現本殿は宗札によると天明四年、百十九代の光格天皇の御代、徳川家第十代家治将軍時代(約二百十年前)の再建とある。
尚神社保存木札によると安政二年神社を中心して遠くは浅間山の大噴火、翌三年には江戸城辺り迄の自身風水害が記され神社は安泰なり。明治六年四月村社に列格、仝四十年九月廿三日大久保村大字植田谷領在家村字稲荷の天神社、同村大字白鍬の村社氷川社を合祀、社号を大久保神社と改称す。
明治四十二年九月廿七日新鮮幣帛供進神社に指定される。
昭和廿年八月太平洋戦争終結、翌廿一年神道指令により、神社本庁所属の宗教法人大久保神社となる。
社殿境内の平成大改修により神社は面目を一新した。