じつげつしゃ
埼玉県さいたま市南区鹿手袋7丁目13-9
当社の鎮座する鹿手袋は「しってぶくろ」と呼ばれ、入間川(現在の荒川)の旧河道に沿った自然堤防にできた村である。「しって」は、台地の先に砂嘴のように延びた自然堤防の先端部に当たることから、「尻手」の字..
当社の鎮座する鹿手袋は「しってぶくろ」と呼ばれ、入間川(現在の荒川)の旧河道に沿った自然堤防にできた村である。「しって」は、台地の先に砂嘴のように延びた自然堤防の先端部に当たることから、「尻手」の字が本来当てられていたようで、更にこの地が後背湿地に挟まれた袋形になっていることから付いた地名である。 この、袋の形をした自然堤防は、地内の字中通と字前通に当たり、当地の旧家や社寺は、ここに集中している。 当社は、『風土記稿』に「日月宮 村の鎮守なり、神体は方版に画き、裏に元禄四年(一六九一)の銘あり」とあり、真言宗鶴寿山安楽院法泉寺が別当を務めていた。その後、火災に遭ったとされ、天保八年(一八三七)四月に再建されたことが棟札によってわかる。 現在、往時の神体は失われたようで、代わりに、これを模したものか、裏面に「天保八年酉三月吉日建立 仙蔵」と墨書のある、日光月光の両菩薩を描いた彩色の御影額が奉安されている。また、社前に掛かる鰐口にも「天保八年三月奉納日月神」の銘があり、境内の「月山湯殿山羽黒山坂東西国秩父供養塔」も翌天保九年四月に建立されるなど、当社の整備が天保期に相次いでなされたことがうかがえる。 その後、昭和七年、同二十四年に社殿改修、平成三年には社殿改築がなされた。
さいたま市南区鹿手袋に鎮座する、旧鹿手袋村の鎮守社
天照大神、月夜見尊