らいでんじんじゃ
埼玉県さいたま市北区今羽154
当地は、見沼跡を流れる芝川を望む台地の突端部に位置する。天水場であって用水に恵まれず、逆に降雨の際には、上流の村から悪水が流れ込む水旱両難の地であったため、江戸期に入っても、耕作には困難を極めたとい..
当地は、見沼跡を流れる芝川を望む台地の突端部に位置する。天水場であって用水に恵まれず、逆に降雨の際には、上流の村から悪水が流れ込む水旱両難の地であったため、江戸期に入っても、耕作には困難を極めたという。 『風土記稿』今羽村の項には「氷川社 村の鎮守なり、熊野社 雷電社 春日社 以上四社は、村内修験三明院持」と載り、氷川社の方が鎮守であったことがわかる。氷川社については、本山派修験であった三明院が戦国期に土着したと伝わることから、やはりそのころに、武蔵国一宮として名高い氷川神社を勧請し、村民が治水の神として崇敬したのに始まるのであろう。 しかし、なおも水旱の難に苦しんだ村民は、天候の順次を願い、水神である当社を重ねて祀ったのではなかろうか。 明治六年に、当社の方が村社となるが、これは村里に近く参拝にも至便であり、また古くから村民の切実な信仰を集めていたことが理由であったという。やがて明治十九年、当社の二〇〇メートル程奥の山林の中に鎮座していた氷川社を合祀した。したがって、現在本殿は二間社であり、氏子らも、当社を雷電様とも氷川様とも呼んでいる。
埼玉県さいたま市北区に鎮座する、雷電社に氷川社を合祀した二間社
主祭神:大雷神 合祀神:素盞嗚尊
旧村社
なし