にっしんじんじゃ
埼玉県さいたま市北区日進町2丁目1194
当地は鴨川左岸の大宮台地に位置し、東に切敷川の低地が、西に鴨川の低地がある。中世ここは「加村」と呼ばれ、江戸初期これが分村し、「上加村」「下加村」となった。 鎮座地は、上加村南方に当たるばかりでな..
当地は鴨川左岸の大宮台地に位置し、東に切敷川の低地が、西に鴨川の低地がある。中世ここは「加村」と呼ばれ、江戸初期これが分村し、「上加村」「下加村」となった。 鎮座地は、上加村南方に当たるばかりでなく、分村前の加村中央に位置している。境内は、明治期編纂の『郡村誌』によると、「宮の腰林」と呼ばれ、杉・松・樅などの雑木に覆われていた。また、境内南西側は大宮台地の崖となっており、ここからは「出居」と呼ばれる清冽な湧水がある。この水は、近年まで天水場である当地の貴重な水源で、上下加村五町歩の水田を潤して鴨川に注いでいた。 創建は、中世、武蔵一宮氷川神社の大神を勧請したことによる。当初の祭祀は、境内の湧水を祀り、五穀豊穣を祈るものであったのであろう。 別当は、『風土記稿』によると、真言宗満宮寺で、当社境内南東側にあった。同寺は、明治初年に廃寺となった。 本殿は一間社流造りである。本殿基壇石には、明治十二年九月、石垣寄附連盟として押田幸左衛門ほか三四名の名が刻まれている。 『明細帳』によると、明治六年に村社に列せられ、同四十年、日進村に鎮座する四六社を合祀し、社号を永川社から村名を冠した日進神社に改めた。
埼玉県さいたま市北区に鎮座する、中世に武蔵一宮氷川神社を勧請・創建した氷川社に日進村に鎮座する46社を合祀し改称した神社
主祭神:素盞嗚尊
旧村社
10月15日
日進餅つき踊り:さいたま市無形民俗文化財
あり