きたながいいなりじんじゃ
埼玉県入間郡三芳町北永井931
北永井は柳瀬川の右岸、武蔵野台地の北部に位置する。また、土地が厚い関東ローム層に覆われているため、農業は畑作中心で、水の便が悪く開発が遅れた所である。開村は万治年中で、初めは永井村と称していたが、延..
北永井は柳瀬川の右岸、武蔵野台地の北部に位置する。また、土地が厚い関東ローム層に覆われているため、農業は畑作中心で、水の便が悪く開発が遅れた所である。開村は万治年中で、初めは永井村と称していたが、延宝三年に南北に分村したという。 当社は、村が南北に分村したころ、村人が開拓の成功と作物の豊穣を祈り、倉稲魂命を祀ったことに始まると伝える。 『風土記稿』には、「稲荷社 村の鎮守なり、百姓持、末社 天王住吉社」と記され、『郡村誌』には、「村社、村の北方にあり、倉稲魂命を祭る、祭日三月、十月十二日」とし、末社については、「八雲社 素盞嗚尊を祭る、祭日七月十五日、住吉八幡社 底筒男命、応神天皇を祭る」とある。 当社本殿は流造りで、造営年代については不詳である。なお、住吉社と八幡社は、現在合殿社として祀られている。 境内の樹木については、明治四五年の『境内立木台帳』に往時、欅・檜・樅などの巨木があったことが記されている。しかし、現在は度重なる台風により樹木が減少し、景観は寂しいものになっている。
埼玉県入間郡三芳町に鎮座する、旧長井村の鎮守社
倉稲魂命
流造