ことぶきまちはくさんじんじゃ
埼玉県川越市寿町1-2303
当社は川越市のほぼ中央に位置する寿町に鎮座する。祭神は菊理姫命・伊弉諾尊・伊弉冉尊の三柱である。 社伝によれば、当社は、応仁元年に甲斐国の領主武田信玄の家臣であった山口長左衛門が上州に住んでいた時..
当社は川越市のほぼ中央に位置する寿町に鎮座する。祭神は菊理姫命・伊弉諾尊・伊弉冉尊の三柱である。 社伝によれば、当社は、応仁元年に甲斐国の領主武田信玄の家臣であった山口長左衛門が上州に住んでいた時に守護神として祀った神社で、古くは喜多院の境内に奉斎されていたと伝える。天正年間、東照宮の造営に伴い、喜多院より現在の地へ遷座した。鎮座地の地名を原というが、それは、当時この付近は一面の原野であり、人もほとんど住んでいなかったことに由来する。 『風土記稿』によれば、山口長左衛門の子孫らは、遷座に伴い、当地に移り住み、原野を開いて一村を成したとある。現在、既に山口長左衛門の子孫と伝えられる家はない。ただし、社殿の隣に屋号をミヤノウチと呼ばれる荻原巌衛家があり、当社の境内は元来同家の土地で、当社造営の際に寄進されたものと口碑に残る。荻原家は代々当社社家として奉仕してきたが、戦時中、山畑家に替わっている。 本殿は一間社流造りで、棟札に嘉永四年再建とある。欄間・側面などに美麗な竜の彫刻が施されている。また、拝殿の欄間にも竜の彫刻が施され、天井には雪渓筆の竜の絵が描かれていたが、昭和三七年、火災により覆屋・祭器庫を全焼し、拝殿も半焼したため、残念ながら現在では竜の絵も往時の約半分しか見ることができない。
埼玉県川越市に鎮座する、武田信玄の家臣であった山口長左衛門が守護神として祀り、喜多院の境内に奉斎されていた神社
菊理姫命、伊弉諾尊、伊弉冉尊
応仁元年(1467)
一間社流造
本殿:川越市指定有形文化財