おんたけじんじゃ
東京都大田区北嶺町37-20
御嶽神社の創祀は、嶺村(現嶺町地区)ができた天文4年(1535年)頃と謂われる。 当時は小社であり祠に近いものであったと推察されるが、後の天保年間(江戸時代後期)に木曾御嶽山で修業をされた一山行者..
御嶽神社の創祀は、嶺村(現嶺町地区)ができた天文4年(1535年)頃と謂われる。 当時は小社であり祠に近いものであったと推察されるが、後の天保年間(江戸時代後期)に木曾御嶽山で修業をされた一山行者が来社して以来信者が激増し、天保2年(1831年)に現在の大きな社殿を建立し御霊を遷座した。信者の中には江戸の豪商なども多くあり、かなりの寄進がされたようである。関東一円から木曾御嶽山を信仰する信者たちが多数訪れ、その勢いは江戸、明治、大正、昭和へと続く。「嶺の御嶽神社に三度参拝すれば、木曾御嶽山へ一回行ったのと同じ」と言われていたようだ。第二次大戦後は、木曾御嶽山の信者数全体が減少傾向にあるが、現在でも猶、講社が団体で定期的に参拝に来ている。一方、六地区の氏子地域を持ち奉賛会も組織されていることから、地元氏子にも大きく支えられ祭礼も年々盛大になっている。また、20年に一度、本山へ神輿を運んで担ぐ式年祭も執行されている(平成23年8月が第二回目)。
境内地奥は霊神碑と共に「霊神の杜」と名付けられた神域になっている。また、樹齢四百年の黒松が「夫婦松」として崇敬を集めている。
国常立命 国狭槌命 豊雲野尊
村社
天文4年 (1535年) 頃
権現造り
嶺の御嶽さん
例大祭 9月第4土•日
境内に若干のスペース有り
無し