わかみやはちまんぐう
茨城県常陸太田市宮本町2344
応永年間(1400年頃)佐竹義仁公が鎌倉鶴岡より居城青龍城(舞鶴城)中に若宮八幡宮・稲荷大明神両社を奉斎し、佐竹氏代々の祈願所であった。当社勧請の折、鶴子なる者供奉して来り数世祭祀を司った。世俗で、..
応永年間(1400年頃)佐竹義仁公が鎌倉鶴岡より居城青龍城(舞鶴城)中に若宮八幡宮・稲荷大明神両社を奉斎し、佐竹氏代々の祈願所であった。当社勧請の折、鶴子なる者供奉して来り数世祭祀を司った。世俗で、居鶴(鎌倉鶴岡)、舞鶴(常州太田)、立鶴(羽州秋田)を三鶴と称す。慶長十四年冬、水戸初代徳川頼房公七歳時病を祈り霊験快癒崇敬厚く圭田を寄進した。元禄五年(1692年)水戸光圀公、命じて太田一郷の鎮守とされた。明治十四年郷社に列す。
若宮八幡宮(わかみや はちまんぐう)は茨城県常陸太田市にある神社。旧社格は郷社。