かつしかはちまんぐう
千葉県市川市八幡4-2-1
寛平年間(889~989)宇多天皇の勅願によって勧請された社で古来より、武神として崇敬されてきました(旧社格は県社) 治承四年(1180)源頼朝は安房国から下総国府へ入ると、自ら参詣して源氏の..
寛平年間(889~989)宇多天皇の勅願によって勧請された社で古来より、武神として崇敬されてきました(旧社格は県社) 治承四年(1180)源頼朝は安房国から下総国府へ入ると、自ら参詣して源氏の武運を祈願し、建久年間(1190~1199)には千葉常胤に命じて社殿を修復させたと言われています。 また、文明十一年(1479)太田道灌は臼井城の千葉孝胤を攻めるため、国府台に築城の祭、関東の安泰を願って参拝し、社殿の修理を行いました。更に天正十九年(1591)には、徳川家康が社領として朱印五十二石を寄進しています。 明治維新の神仏分離の時までは、当宮境内には上野東叡山寛永寺の末寺が、別当寺として存在していました。現存する鐘楼は往時物語る貴重な遺物です。また、山門には仁王像が行徳の徳願寺の山門に移されて、その後に左右両大臣像が置かれ随神門と呼ばれるようになりました。この随神門は市指定有形文化財です。 本殿の東側にそびえる「千本公孫樹」は、天然記念物として国の指定を受け、また、寛政五年(1793)に発掘された元享元年(1321)在銘の梵鐘は県指定有形文化財であり、梵鐘の銘文からも当宮創建の古さがうかがえます。 当宮の祭礼は九月十五日から六日間にわたって行われ、俗に「八幡のぼろ市」とよばれる近郷に名高い農具市がたち、一時は関東三大農具市のひとつに数えられました。 二月の初卯祭は湯立神事、御神楽、宮司舞などをもって祭事が進められる特殊神事です。 平成二十八年三月 市川市教育委員会 (境内の御由緒より)
葛飾八幡宮(かつしかはちまんぐう)は、千葉県市川市にある神社。旧社格は県社。
誉田別命(応神天皇) 息長帯姫命(神功皇后) 玉依比売命
旧県社
889年~898年(寛平年間)
農具市(ボロ市)
千本公孫樹(国天然記念物) 梵鐘(県有形文化財) 随神門(市有形文化財)
京成本線京成八幡駅から徒歩で約4分 都営新宿線本八幡駅から徒歩で約5分 JR総武線本八幡駅から徒歩で約6分 京成本線鬼越駅から徒歩で約8分
有り
無し