つしまじんじゃ
山形県長井市草岡1246
文化年中(1804)に別当の歓喜院が火災に遭ったため、記録が消失していますが、正平13年(1358)の創建と伝えられています。文化6年(1810)に再建され、社殿に木瓜(ぼけ)の紋が刻まれ神紋として..
文化年中(1804)に別当の歓喜院が火災に遭ったため、記録が消失していますが、正平13年(1358)の創建と伝えられています。文化6年(1810)に再建され、社殿に木瓜(ぼけ)の紋が刻まれ神紋としています。明治23年(1890)に再建され、昭和48年に大規模改修を行いました。 津嶋神社の由来 一、津嶋神社は、祇園牛頭天王宝宮として、ご祭神素戔 祀り、歓喜院に創建されたが、文化年中別当歓喜院の炎 により、古文書類は焼失し、創建はさだかでないが、 正平十三年七月(一三五八)に創建されたと後日の記録 にあり。 この神社は、京都祇園八坂神社(当時社号は、祇園社 あるいは、祇園感神院)から分霊されたことが八坂神社より 認められている。 二、歓喜院より、草岡村のほぼ中心地の現在地に祇園牛頭 天王宝一宇として送される。(歓喜院に棟札現存) 三、慶応四年三月二十八日(一八六八)太政官達(国の最高機関) により神佛判然令がでる。 明治元年祭政一段の布告があり、 神佛分離令が公布され、今まで深く結びついていた神道と 佛教を引き離す一大変革の政策がとられ、これまで、 祇園様として長く信仰していたが、以来津嶋神社と改め たものと推測される。明治三年津嶋神社 村社となる。 四、鳥居に掲げている額「祇園宮」は延享二年夏(一七四五)に 寄進掲額されたものである。 境内には、皇太神宮と神堂の二つのお客が祀られており、 又庚申塔二基,日上人御筆の愛染明王碑、湯殿山碑。 己持講碑。子持講碑。大神宮碑などが建立されている。
津嶋神社(つしまじんじゃ)は、山形県長井市草岡にある神社。旧社格は村社。
須佐之男命
1358年
自由
無料
15分位
有り
無し