もみじはちまんぐう
福岡県福岡市早良区高取1-26-55
平安時代後期、陸奥国柴田郡より筑前国に来たる柴田氏が産土神のご分霊を勧請し奉斎したことがはじまりとされています。その子孫である柴田蔵人佐繁信が室町時代の文明十四年七月(1482)筑前国橋本村(現西区..
平安時代後期、陸奥国柴田郡より筑前国に来たる柴田氏が産土神のご分霊を勧請し奉斎したことがはじまりとされています。その子孫である柴田蔵人佐繁信が室町時代の文明十四年七月(1482)筑前国橋本村(現西区橋本)に社殿を創建。以来、橋本村一円の鎮守神として崇敬されてきました。 江戸時代、黒田藩三代目藩主光之侯はご幼少の頃、生母の里橋本村に養育されました。産土神である八幡宮の氏子が、黒田騒動より光之侯をお守りしたこともあり、生涯を通し篤く崇敬されました。 寛文六年(1666)藩主光之候は祈願成就の御礼に当神社を西新の地(百道松原・現西新一帯)に遷座し、荘厳な社殿を建立。梶井宮親王御宸筆の黄金の額を奉納され、鳥居の前に家士を置かれ交代で警護させました。境内3万2千坪、社領百石を寄進され、当神社は広壮なる社殿、能舞台、随神門、鐘閣を有し、江戸時代は東の筥崎、南の太宰府、西の紅葉と賞されました。 大祭日になると、福岡城は登城御免(藩の休日)にて藩主は婦人、家臣団共々御参拝され、玉串を捧げられたと伝えらます。藩主は、奉納神事の際に特設の桟敷から奉納神事をご観覧になられ、この時だけは庶民も特別に一緒に観ることが許されたそうです。 その後も黒田家守護神として歴代藩主の崇敬も篤く、黒田家譜、筑前続風土記等の記録には、藩に一旦事あれば、まず紅葉八幡宮に御祈願されることが慣例となっており、御神刀、鎧、絵馬、三十六歌仙額等藩主よりの奉納の品々は、数えるに隙間なしとその様子を伝えています。 境内地内には元禄時代より黒田藩家士の屋敷が多く建てられ、社前の商家、人家も門前町として発展し旧西新(西新、高取、百道)の町々となります。明治の世になり田地、山林、社領すべてを返上し、明治四十三年に北筑軌道が境内を横切り、境内ではそれまでの静粛さが失われましたので大正二年に町が一望できる現在の地に遷宮されました。 その後早良郡全首長の推薦により社格が県社となりました。 現在紅葉八幡宮は、新年の参拝者十万人を数え、紅葉山公園と共に、児童等の遠足、スケッチ大会や花見、紅葉狩りなど市民の憩いの場として多くの方々に親しまれています。
早良総守護 紅葉八幡宮(もみじはちまんぐう)は、福岡県福岡市早良区にある神社である。旧社格は県社。
神功皇后(安産・育児の神), 応神天皇(厄除・開運出世の神), 菟道稚郎子命(学業・子どもの守り神), 他12柱
県社
文明14年(1482年)
10月11日
板絵著色三十六歌仙絵馬、紅葉八幡宮獅子まつり(市無形民俗文化財)
地下鉄藤崎駅4番出口 徒歩5分 西鉄バス高取バス停 徒歩3分
無料
15分
有り