えんじゅあん(かまはちまん)
大阪府大阪市天王寺区空清町4-2
遠い昔、このあたりは三韓坂と言われた古道で、そのわきに一本の榎の霊木があり、人々の信仰を集めていた。 下って、大阪冬の陣のとき、真田幸村がこの土地に陣所を構えたが、この信仰を聞き伝えて、鎌を打ち..
遠い昔、このあたりは三韓坂と言われた古道で、そのわきに一本の榎の霊木があり、人々の信仰を集めていた。 下って、大阪冬の陣のとき、真田幸村がこの土地に陣所を構えたが、この信仰を聞き伝えて、鎌を打ちつけ、鎌八幡大菩薩と称して祈念したところ、大いに戦勝をあげたと伝えられている。 江戸時代初期には、この鎌八幡の境内に、国文学者として有名な高僧契沖阿闍梨が居を定め、円珠庵と称した。契沖は、ここで万葉代匠記や和字正鑑要略を著し、国文学の研究に専念すると同時に、深く鎌八幡を信仰した。この頃から「鎌八幡」は「祈とう寺」として、人々の信仰が広まった。 大正11年に、境内全域が大阪市では最初の国の史跡指定を受けたが、境内の大部分は、戦災で損壊したあと復興したものである。その間、霊木は蘇生し、絶えなる信仰と多くの霊験が得られている。
雪光山
真言宗豊山派
十一面観音菩薩
摂津国八十八箇所第15番
契沖著述稿本類53種(附:契沖自筆遺言状・契沖像(絹本著色) 藤原漢斉筆・契沖阿闍梨追悼詩歌(1巻) 重要文化財 契沖像を除き慶応義塾大学附属研究所斯道文庫寄託 契沖旧庵ならびに墓 国指定史跡
8:00-17:00
無し