ぶっきょうじ
岡山県久米郡久米南町仏教寺84
寺伝によれば、奈良時代初期の和銅3年(710年)肩野部長者乙麻呂が喜恵上人を開山として招聘し建立したと言われる 和銅7年(714年)には元明天皇、平安時代には陽成天皇の勅願寺となったと伝えられてい..
寺伝によれば、奈良時代初期の和銅3年(710年)肩野部長者乙麻呂が喜恵上人を開山として招聘し建立したと言われる 和銅7年(714年)には元明天皇、平安時代には陽成天皇の勅願寺となったと伝えられている 平安時代に真言宗寺院となりましたが、 安土桃山時代の天正9年に兵火により伽藍を焼亡し、元明、陽成天皇の勅旨を焼失したが、江戸時代初期の慶長9年に津山藩初代藩主森忠政により再興された 明治時代以降急速に衰退し、明治19年に本堂が崩壊したため明治20年に境内の文殊堂を移築した 昭和9年には江戸時代の寛永14年に森長継が再建した三重塔が老朽化のために倒壊し、跡地には昭和61年に日新社殿が建立された
佛教寺(ぶっきょうじ)は岡山県久米郡久米南町に所在する寺院である。宗派は高野山真言宗。本尊は薬師如来。御詠歌:医(くす)の山 瑠璃の光を 放ちつつ 朝な夕なに 衆生を助け
医王山
真言宗
高野山真言宗
710年(和銅3年)
薬師如来
喜恵上人
肩野部長者乙麻呂
慶長9年
津山藩初代藩主森忠政
中国四十九薬師霊場第七番札所 高野山真言宗美作八十八ヶ所第二十番札所
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有り