つるがまるはちまんじんじゃ
埼玉県川口市芝(大字)6843
寛永五年の「鶴ケ丸八幡社再建頌記」(長徳寺文書)によれば、当社の創建は、同三年(一六二六)四月のことで、芝村の代官熊沢三郎左衛門忠勝により房州鶴ケ谷(千葉県館山)の八幡宮から勧請された。 当時、幕..
寛永五年の「鶴ケ丸八幡社再建頌記」(長徳寺文書)によれば、当社の創建は、同三年(一六二六)四月のことで、芝村の代官熊沢三郎左衛門忠勝により房州鶴ケ谷(千葉県館山)の八幡宮から勧請された。 当時、幕府の命で忠勝は、改易となった里見忠義の後を受け、宰官の任に当たるため安房の地にしばしば赴いていた。恐らくは、鶴谷八幡神社が同地の総社として聞こえの高かったことから、芝村の安穏と熊沢一族の繁栄を願い、当地に分霊したものであろう。 遷宮式は、寛永三年の四月二十三日に行われ、竜派禅珠の著した『寒松稿』によれば、鼓や鉦を鳴らして巫女舞や獅子舞がにぎやかに奉納されたという。その後も忠勝は当社の整備に力を注ぎ、寛永五年に本殿を改築して神輿や祭礼道具を奉納し、更に翌六年には梵鐘を寄進した。現社殿はこの時のものであり、蟇股・組物・彩色等に桃山風の遺風をとどめる貴重なもので、昭和六十年には、県文化財の指定を受けている。 また、当社の管理状況については、熊沢氏と交友の深かった長徳寺竜派禅珠に任せ、寛永十三年に社の傍らに神宮寺という、長徳寺の隠居寺を兼ねた小院を建立して守らしめたという。『風土記稿』芝村の項に、当社は長徳寺の境内社として載り、朱印地一五石を有したとある。
埼玉県川口市芝に鎮座する寛永3年(1626)創建の神社
誉田別尊
寛永3年(1626)
本殿:埼玉県指定有形文化財