ずいせんじ
愛知県犬山市犬山字瑞泉寺7
応永22年(1415年)、内田左衛門次郎の招きで日峰宗舜によって創建された。境内に水が無かったことから水を確保しようと法弟である蜂屋玄瑞に岩を強く打たせたところ、たちまち霊水が湧き出た。このため玄瑞..
応永22年(1415年)、内田左衛門次郎の招きで日峰宗舜によって創建された。境内に水が無かったことから水を確保しようと法弟である蜂屋玄瑞に岩を強く打たせたところ、たちまち霊水が湧き出た。このため玄瑞の「瑞」と湧き出た「泉」から寺号を「瑞泉寺」としたという。 当時から大伽藍をもち、伊勢国金剛證寺から虚空蔵菩薩を勧請して本尊とした。 永享4年(1432年)、一度廃絶した妙心寺を再興するため宗舜は妙心寺(当時は龍雲寺となっていた)へ移った。その後は3世・義天玄詔、4世・雲谷玄祥、5世・桃隠玄朔、6世・雪江宗深、7世・景川宗隆、8世・悟渓宗頓、9世・特芳禅傑、10世・東陽英朝といった高僧が住職を務め、明治まで竜泉派・東海派・霊雲派・聖沢派の四学派が輪住した。現在は354世。 永禄8年(1565年)、織田信長による犬山城攻略の折り、兵火に遭って全焼したが、信長より朱印状を得て再建を果たした。のちに豊臣秀吉からも寺領50石が寄進され、尾張徳川家の被護も受けた。 現在の鐘楼は明応3年(1494年)建立と伝えられるもので、三猿は左甚五郎の作と伝えられる。山門は美濃国兼山城の大手門であったもので、その後犬山城内田御門として使われたものを移築したものである。 かつて最盛期には24もの塔頭をかかえ、近年では周辺にある龍済寺・龍泉院・臨渓院・輝東寺・臥龍寺と各務原市にある妙喜寺を塔頭として抱えていたが、現在はすべてが妙心寺の直末となっている。
青龍山(せいりゅうざん)
臨済宗
臨済宗妙心寺派
由緒寺院 塔頭 ・臥龍寺 ・輝東寺 ・臨溪院 ・龍濟寺 ・龍泉院
1415年(応永22年)
虚空蔵菩薩
日峰宗舜
内田左衛門次郎
青龍山瑞泉禅寺
犬山七福めぐり第4番札所 尾張新四国第58番札所
血達磨の図・維摩の図・文珠普賢図(双幅) 犬山市指定文化財
名鉄犬山線「犬山遊園」駅徒歩3分 名鉄犬山線「犬山」駅徒歩10分
無料
有り(境内西)
有り