せぎじんじゃ
三重県伊勢市吹上1丁目2-6
当社は、古くから現在の地に鎮座する社で、世木社と称し、外宮禰宜度会神主の遠祖を奉斎した社であった。明治12年の神社明細帳に、「往古世木村と申す一村、只今吹上町下之切と申辺に有之、世木を名字に唱へ候權..
当社は、古くから現在の地に鎮座する社で、世木社と称し、外宮禰宜度会神主の遠祖を奉斎した社であった。明治12年の神社明細帳に、「往古世木村と申す一村、只今吹上町下之切と申辺に有之、世木を名字に唱へ候權禰宜の大家も御座候処、嘉吉年中に絶家仕候由。右村々氏神社にて候故、即世木社と称へ申候、世木氏は700年前より居住の様に相見え候得ば、其神の祖神を祭祀する社にて可有之候、但鎮祭始め年月は不詳。」と見える。当地は往古、宮川の分流豊川の沿岸にあり、その上流と下流とに堰を設け、その間を関川と称していた。そしてその付近に河原村、世木村等の村邑が散在していた。そこへ、外宮祠官度会神主の一族が移住して、家号を世木と号し、下の堰辺に祖神を奉祀して世木社と称したものと考えられる。 また、当時世木家は地方の権家であったので、世木社は世木家の祖神社としてのみならず、村邑の住民等にも尊敬崇拝され、やがて嘉吉年間(1441~1444)に世木家一族がこの地を去るに及んで、ついにこの社は付近村邑の産土神となったのであろうと考えられている。 そもそも世木社の創始年代は不詳であるが、種々の考證から、天福・建長(1233~1256)以前であろうと推定されている。 また、当社式年造替に当たっては、度会氏の宗家松木氏がその奉遷使として奉仕するのが慣例となっており、明治維新まで継続されたとも伝えられている。明治41年5月9日、度会郡宮本村藤里鎮座の度会氏神社(天牟羅雲命)、岩渕町鎮座の松木社(度会春彦神主)を合祀し、さらに社号を世木坐度会氏神社と改称した。そして大正9年8月24日に境内社の菅原社(菅原道真公・宇迦御魂命・大国主命)を合祠し、戦後に至って、昭和三一年三月に社号を再び改号して、世木神社と称し、現在にいたっている。氏子区域は、吹上、岩淵、藤里といった周辺地域
当社は古より現在地に鎮座し、世木社と称し、外宮禰宜、度会神主の遠祖を奉斎した社である。当地は往宮川の沿岸で、その上流と下流とに堰を設け、その間を関川と称し、付近に河原村、世木村などの村が散在した。 外宮祀官、度会神主の一族がこの地に...
天牟羅雲命(アマノムラクモノミコト) 度会春彦神主(ワタライノハルヒコノカンヌシ) 菅原道眞公(スガワラノミチザネコウ)
旧村社
不詳
神明造
山田産土八社
例大祭(8月25日)
御頭神事(1月11日)
獅子頭 伊勢市指定文化財
JR伊勢市駅から徒歩2分
随時
無し
約20分