やくもじんじゃ
埼玉県川越市今福2728
不老川流域の台地は、飯能市に始まり東端の当地に達する。地名はこの台地の今福と新宿の中間にあることから中台と呼ばれるという。 昔、当所には稲荷塚があり、稲荷大神・愛宕大神・猿田彦大神が合祀されていた..
不老川流域の台地は、飯能市に始まり東端の当地に達する。地名はこの台地の今福と新宿の中間にあることから中台と呼ばれるという。 昔、当所には稲荷塚があり、稲荷大神・愛宕大神・猿田彦大神が合祀されていた。今福原の志村家に明暦二年より伝わる『牛頭天王由来書』によると、天文年中、川越夜戦の折、竹原(現砂久保)の平野原に布陣した北条氏康の将兵が邪気に犯されて戦が不可能になった。そこで氏康が天に祈ったところ、牛頭天王が現れて悪気は退散した。氏康は神恩に感謝し、今福平野原の稲荷塚に社を建立したのが当社の始めであるという。 下って享保一七年、同一八年の大飢饉で村民が困窮した折、別当の修験林蔵院と計り、明和四年に当社を村の鬼門に当たる現在地に移転したという。また、同書には、川越城主松平伊豆守から社地が奉納された事が記されている。 当社には、文政二年、明和四年、同二九年の棟札があり、また、安永五年の幟が現存する。 明治二年、神仏分離により社名を牛頭天王から八雲神社と改めて、祭神を建速須佐之男命とした。
建速須佐之男命
4月18日、8月1日、11月27日