みょうおんじ
栃木県佐野市大町2989
天満山妙音寺由来 嘉暦(一三二六)の始め、宗祖日蓮大聖人の法孫で、相模国の人、中老僧美濃阿闍梨天目日盛上人は、諸国布教の砌り信徒の招請に応じて当地に来たり、唐沢山麓天神沢にあった天満宮の傍らに一寺..
天満山妙音寺由来 嘉暦(一三二六)の始め、宗祖日蓮大聖人の法孫で、相模国の人、中老僧美濃阿闍梨天目日盛上人は、諸国布教の砌り信徒の招請に応じて当地に来たり、唐沢山麓天神沢にあった天満宮の傍らに一寺を建立した。天目聖人はつどに菅原道真公を尊崇し、天満宮の社前で朝夕法華経を読誦し法味を供え、神霊を供養した。以来山号を天満山と称し、寺号を妙音寺と称するに至った。宗祖大聖人没後四十余年の創建である。 天正(一五七三~)の始め唐沢城主佐野宗綱公は、重臣大串越中守のすすめにより当山に深く帰依し、父昌綱公一周忌法要を営むため本堂を再建した。然るところ慶長八年(一六〇三)故あって当地に移転した。 貞享年間(一六八四)入寺した第二十一世日休上人は、東京本所法恩寺(江戸城主太田道灌公開基)所蔵の日蓮大聖人読誦の御尊像を請うて当山に奉安し、寺檀の繁栄と世界人民の平和を祈願したところ、祈願成就して諸堂整い参詣者日毎に増し寺門大いに栄えた。延享四年(一七四八)三月二日夜、片原宿より出火あり、西風烈しく防禦にいとまなく当山諸堂類焼す。宗祖御尊像を仮堂に移し奉りたるるところ、夜々宗祖読経の御声ありと伝う。 やがて本堂再建の機熟し檀信徒の浄財により、文政十年(一八二七)九月二十八日七間六間の大本堂上棟す、現在の此の本堂である。創建以来六百六十余年、その間栄枯盛衰ありと雖も、檀信徒の丹精により施設整い現在に至る。 本堂内の日蓮大聖人読誦御尊像、子育鬼子母神、開運大黒天等を安置す。 南無妙法蓮華経 当山第三十七世荒居日新誌(境内掲示より)
日蓮宗寺院の妙音寺は、天満山と号します。妙音寺は、中老僧美濃阿闍梨天目日盛上人が唐沢山天神沢にあった天満宮の傍らに嘉暦元年(1326)創建、慶長8年(1603)当地へ移転したといいます。
天満山
日蓮宗
嘉暦年間(1326頃)
久遠実成本師釈迦牟尼仏
天目上人
佐野駅南口から 徒歩 13分 佐野市駅徒歩 17分 堀米駅西口から 徒歩 28分
有り