ひろしまじょう
広島県広島市中区基町21番1号
広島城は、1589年に豊臣秀吉の五大老の一人として知られる毛利輝元によって築城されました。同時に城下町の建設も進められ、関ヶ原の合戦後、毛利氏に代わって入城した福島正則は、広島城の整備をさらに進め、..
広島城は、1589年に豊臣秀吉の五大老の一人として知られる毛利輝元によって築城されました。同時に城下町の建設も進められ、関ヶ原の合戦後、毛利氏に代わって入城した福島正則は、広島城の整備をさらに進め、西国街道を町人町に引き込むなど城下町の拡充を図りました。しかし、城を無断で修築したことを理由に改易され、その後和歌山から浅野長晟が城主として入城。以後12代250年にわたる浅野氏の統治により広島は発展し、西日本最大の都市として栄えてきました。 現在の広島城には本丸と二の丸、内堀が残るのみですが、もともとは東西南北約1kmの広い区画を持ち、西日本でも有数の規模を誇るお城でした。 築城以来の天守閣は1931年に国宝に指定されましたが、原爆によって倒壊。1958年に広島復興のシンボルとして外観が復元され、1989年には築城400年を機に内部改装を行ない、現在、天守閣内部は歴史博物館となっています。
広島駅から 路面電車「紙屋町東」または「紙屋町西」下車 北へ徒歩約15分