しんぎょうじ
神奈川県横浜市都筑区荏田東4-10-1
当山の開創は定かではありませんが、開山相誉上人の没年より文禄・慶長年間にかけての開創と推察されます。新編武蔵風土記稿によれば「荏田村渋澤谷にあり。渋澤山龍泉院と号す。浄土宗江戸芝増上寺の末寺なり。..
当山の開創は定かではありませんが、開山相誉上人の没年より文禄・慶長年間にかけての開創と推察されます。新編武蔵風土記稿によれば「荏田村渋澤谷にあり。渋澤山龍泉院と号す。浄土宗江戸芝増上寺の末寺なり。開山相誉。慶長十九年五月六日化す。客殿六間四方西向なり。本尊弥陀の立像、長一尺四寸、大弐の作なりと云う。観音堂、客殿に向いて左の方にあり。二間四方南向なり。観音は立像にて長九寸、定朝の作とあり。年貢地二畝二十歩」とあります。 当山には徳川将軍家の位牌が安置されています。その昔徳川家ご入国の際、当時の荏田村は二代将軍秀忠公の正室、お江の方(崇源院)のお化粧領地でした。崇源院逝去の際は、名主を始めとした村人三百五十人が落髪し、お棺を担いだと記録にあります。その後荏田村は石川村や川和村などと同じく増上寺に寄進されました。当山はその増上寺の末寺であることから特に歴代将軍家とのご縁が深く、位牌を安置する由来です。 現在の本堂は昭和五十三年第三十世楽誉卓全代に再建されました。山門・庫裏・客殿は平成五年同住職代の落成です。
渋澤山
龍泉院
浄土宗
不詳
阿弥陀如来坐像
相誉
渋澤山 龍泉院 心行寺
横浜市営バス (73、304) 心行寺入口バス停から徒歩2分 横浜市営地下鉄ブルーライン・グリーンライン センター南駅から徒歩7分
無料
15分
有り
無し