さいわいいなりしゃ
神奈川県川崎市幸区中幸町1-11-7
当社は、江戸時代、南河原の延命寺から円真寺に至る道路沿いの十数軒の農家により、五穀豊穣・家々の安寧・近隣の親和を祈念して祀られてきた。 大正9年に「清左衛門稲荷」の名称を「野口組稲荷」と改め、..
当社は、江戸時代、南河原の延命寺から円真寺に至る道路沿いの十数軒の農家により、五穀豊穣・家々の安寧・近隣の親和を祈念して祀られてきた。 大正9年に「清左衛門稲荷」の名称を「野口組稲荷」と改め、昭和31年「幸稲荷」と改称、「幸稲荷講」を講中16軒で営み、昭和55年10月に宗教法人「幸稲荷社」を設立し現在に至る。 江戸時代に編纂された「新編武蔵風土記稿」【南河原村】の条に「稲荷社 村の民の方堤外にあり、ここも社地に松樹多し、本社は宮作りにして覆屋あり、前に木の鳥居を建て村民14軒の鎮守にして宝蔵院持なり」とあるが、当社のことかどうか未詳である。神殿は昭和11年遷宮の棟礼をもち、銅板葺白木一間流れ造りで、先の太平洋戦争の戦火からも奇跡的に免れた。昭和28年幸町小学校の建設に伴い、校地北西の旧地から現在地に遷座した。 毎年2月に初午祭を斎行している。
宇迦之御魂神
江戸時代
銅板葺白木一間流れ屋造り
JR東海道線・京浜東北線・南武線 川崎駅から徒歩13分 京急本線 京急川崎駅から徒歩15分 JR南武線 尻手駅から徒歩19分 JR南武線 矢向駅から徒歩20分
無料
10分未満(3分程度)
無し