きんしんざんそうほいん
東京都町田市原町田1-8-13
当山は室町時代末期の天文11(1542)年8月に相州伊勢原日向・石雲寺第四世住職吸江詠恕大和尚を御開山に勧請して開創されました。 開基は大河伊与、宗保院の寺号は開基の戒名「立雪院安心宗保居士」..
当山は室町時代末期の天文11(1542)年8月に相州伊勢原日向・石雲寺第四世住職吸江詠恕大和尚を御開山に勧請して開創されました。 開基は大河伊与、宗保院の寺号は開基の戒名「立雪院安心宗保居士」に由来します。 開基・大河伊与の妻は徳川家康の功臣で金森地区初代地頭、高木善次郎清秀の妹。 開基家との因縁により、慶安2(1649)年、大猷院殿(徳川家光公)の代に御朱印七石三斗を賜っております。 「新編武蔵風土記」には、 惣門 柱間二間 森山の三字扁額 山門 大きさ惣門と同じ 宗保院の三字を扁す 同筆なり 本堂 十間に五間半 東向き 禅室 本堂に向かって左 七間に四間 鐘楼 本堂に向かって右 二間四方 梵鐘 口径二尺二寸 高さ三尺余 と記され、さらに金森地区に存在した別院・金宗寺については、 村の中央にあり曹洞宗原町田村金森山宗保院の隠居所なり 故に彼の金宗の号の二字をとりて寺号とせしのみにて山号はなし 宗保院第四世の住僧舜山が開きし所なり 本堂四間半に二間半 本尊勢至を安す と記されており、江戸期の模様を窺い知ることができます。 当時の伽藍は明治と昭和の火災で烏有に帰しましたが、昭和五十年に本堂が再建。 以後、坐禅堂・山門・客殿等が整備され、信仰の拠り所、修養の道場としての環境が整えられました。 また、明治三十四年には火防神・秋葉三尺坊大権現が祭祀され、爾来祈願の道場としても信仰を集めております。 開創以来四百七十年近く、時代の変遷を見守りながら法灯は絶えることなく、檀信徒の方々や地域の支えにより現在に至っております。
金森山
宗保院
曹洞宗
天文11年 (1542年) 8月
千手観世音菩薩
吸江呑恕和尚
大河伊与
武相卯歳四十八ヶ所観音霊場 第39番札所 小田急沿線武相三十三ヶ所観音霊場 第11番札所 原町田七福神 布袋尊
JR横浜線 町田駅から徒歩7分 小田急小田原線 町田駅から徒歩10分
無料
20分
有り
無し