しいのきじぞうそん
神奈川県横浜市青葉区田奈町37-5
この古木茂る地蔵堂境内は、横浜市緑区田奈町37-5面積41坪ですが旧称は、神奈川県都筑郡田奈村恩田字西ノ谷4162番面積48坪でした。昭和14年4月、村が横浜市に合併され、地名は横浜市港北区恩田町..
この古木茂る地蔵堂境内は、横浜市緑区田奈町37-5面積41坪ですが旧称は、神奈川県都筑郡田奈村恩田字西ノ谷4162番面積48坪でした。昭和14年4月、村が横浜市に合併され、地名は横浜市港北区恩田町となりその後昭和44年10月港北区は二分され、当地は緑区と改称されました。 (中略) 町名は田奈町に改められました。 (中略) この土地は元国有地でしたが去る昭和9年、地元住民が、「祖先以来深く信仰する地蔵尊の鎮座される聖地」の故を以て大蔵省に請願し、代金25圓25銭で払い下げを受け、住民共有の土地としました。 (中略) 今回改築されたお堂に祭られてあります地蔵尊は、子育椎ノ木地蔵尊と申し開基は明らかでありませんが、樹齢数百年に及ぶ椎の古木はよくその歴史を物語っています。私どもは祖先以来数百年の長い間深くこのお地蔵様を信仰し毎年4月4日、ご詠歌のご供養を行いますが、当日は各地より、大勢の善男善女が参詣され賑わいを呈しております。お堂の中に多数の小石がありますが、この小石をお借りして、朝夕念願を込めて体の悪い所や傷の上などをさすっておりますと、不思議にもいつしか其所が快癒すると信じられております。堂内に納められている多数の小石と石仏は、念願によりご利益を預かれた方々が、お礼のために奉納されたもので、いつしかこの様に沢山の数となったのであります。またお堂の裏に立つ椎の古木は、以前は立派な大木でしたが、去る明治39年、浮浪者の焚火の不始末により、お堂が炎上して幹の大部分を焼き酷く損傷しましたが、先般横浜市より、市の保存木に指定され、私共が大切に保護することになりました。尚左方一段低い境内に鳥居が建ち、その奥に小さな石の社が鎮座されておりますが、この社は天王様と申し、お地蔵様同様に私共が祖先以来、厚く信仰し、毎年7月14日簡素なお祭りを行っております。社の本名は八坂神社と申し、御本社は京都市東山区祇園町にある八坂神社でありますが、古くは、感神院祇園社と云われておりました。本地垂迹説(仏・菩薩が衆生済渡のため、仮の姿を取り日本の神衹となって現れると云う神仏同体説)に拠りますと、天王様とは、お釈迦様がお説法なされた寺である祇園精舎という寺の守護神であられる牛頭天王のことであり、日本の素戔鳴尊となって現れたのであると信じられておりました。 それ故昔は仏前に新酒を供へ、神前に読経して、少しも怪しまぬまでに両者が混淆したのでありまして、江戸幕府滅亡以前は、感神院祇園社の祭神は牛頭天王であると確信されておりました。 明治維新の際、神仏分離の制となり、明治元年5月「神衹宮違」により感神院祇園社は社名が八坂神社に改まり、祭神は素戔鳴尊となったのであります。然し長い間の信念が人々の心から離れず、今日に於ても八坂神社を天王様と申している所が非常に多いとの事であります。
境内社に八坂神社、阿弥陀如来堂がある。
不詳
4月4日 ご詠歌の供養
神奈中バス (津03)・東急バス (青55、青56) 中恩田橋バス停から徒歩8分 東急田園都市線 田奈駅から徒歩12分
常時(参拝自由)
無料
10分
無し