かつたじんじゃ かんだじんじゃ
鳥取県米子市博労町2-10
古くは弓ヶ浜外江村に御鎮座あり、その後当村より東方に新屋村という地に移し奉り貞観より文安の頃までこの地に御鎮座あり、その後米子の地勝田山(現在県立米子東高等学校野球場横)に移し奉り天文二十二年癸丑年..
古くは弓ヶ浜外江村に御鎮座あり、その後当村より東方に新屋村という地に移し奉り貞観より文安の頃までこの地に御鎮座あり、その後米子の地勝田山(現在県立米子東高等学校野球場横)に移し奉り天文二十二年癸丑年(一五五三年)今の社地に御鎮座となる。当社は米子城の良位に当たる故に時の領主加藤候米子城鬼門守護の神社として社殿を大きく改造され、続いて寛永四年池田光政候によりご造営、又寛文八年、元縁 八年にも池田候よりご造営され代々領主ご造営の例となっていたのがその後絶えて安永以降は氏子より修造することとなり現在に至る。
天之忍穂耳命(あめのおしほみみのみこと)
旧郷社
4月15日「春例祭」 6月30日「大祓祭」 10月15日「秋祭」
有り