春日野 のおまいり

日本史に関わる神社仏閣を訪ねるのが大好きで、主に関西と関東の社寺を中心にお参りさせて頂いております。
社寺で頂いた拝観券や散華を参拝記念として保存しています。
新規に参拝した社寺に加え、2009年から撮り貯めた過去の写真も順次投稿させて頂きます。
参拝した社寺は件数の記録のため、1社寺1投稿とさせて頂きます。
投稿する写真は被写体やアングルが直近の方と、なるべく被らない様にしています。
宜しくお願い致します。
2018年6月26日初投稿
(アイコンは興福寺様の法要散華です)

撮影機材は2010年までSONYのコンデジCybershot、2011年以降はAppleのiPhoneのみ使用。
投稿
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6日前
京都神田明神,見どころ,春日野

日没後、京都神田明神へ参りました。
地下鉄四条駅から四条通を西へ徒歩5分程歩くと、膏薬辻子という町家の並ぶ細い路地に辿り着きます。
この路地に面して建つ町家の一階部分に、京都神田明神の社殿があります。
社殿のある、この場所は平安時代に乱で討たれた平将門公の首級が獄門に処された場所で、首級は晒されて三日目に東の空へ飛び立ってしまいました。
そして最終的に首が落下したのが東京の大手町にある将門の首塚の場所と言われています。
後に空也上人によって御堂が建てられ、将門公を手厚くお祀りしたのが、今日の京都神田明神と伝えられております。
現在の社殿は近年造営されたもので、それまでは町家の壁に食い込むような形で古い社がお祀りしてあったようです。

訪問日2019/02/15
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6日前
廣瀬大社,見どころ,春日野

法隆寺に参拝後、夕方に廣瀬大社へ参りました。
社殿のある地は奈良盆地を流れる幾つかの河川が合流する地点であり、古くから交通の要衝でした。
そして、ここは古代の豪族、葛城氏の本拠地であり、近くには川合大塚山古墳をはじめ、巨大古墳が沢山あります。
廣瀬大社はこの河川の治水と交通を担った葛城氏が創建に関わっていたのかも知れません。
尚、境内には一面に川砂が敷かれておりますが、この砂は例大祭である「砂かけ祭」で雨に見立てて掛け合う砂でもあります。
#神仏霊場

訪問日2019/02/15
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6日前
地主神社,見どころ,春日野

地主神社にお参り致しました。
早朝にお伺いしたので、境内には参拝者は居らず、有名な「恋占いの石」や国重文の社殿などじっくりと拝観させて頂きました。
又、この神社にある「地主桜」は平安時代に嵯峨天皇が行幸の折、とても気に入り、何度も牛車で引き返して眺めた事から「御車返しの桜」とも言われております。
この頃から、花見と言えば桜の花を愛でるようになっていったそうで、お花見の原点とも言える場所です。
#世界遺産

訪問日2019/02/15
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13日前
長谷寺,見どころ,春日野

去年12/18、鎌倉の長谷寺では年に一度の御足参りの日。
五色幕の張られた観音堂では午前11:00から法要があり、普段は入れない内陣の席にて参列させて頂きました。
お坊様の読経に耳を傾けながら、ご本尊の十一面観音様に手を合わせました。
法要が終わると、ご本尊様の御足に触るため内々陣へ案内され、お坊様の磬子の合図と共に、長さが2メートル位ありそうな立派な右足に触れながらお祈りさせて頂きました。
滅多に出来ない貴重な体験でした。
#坂東三十三箇所

訪問日2018/12/18
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24日前
清水寺,見どころ,春日野

改修工事の始まる数年前、秋の夜間拝観の時に伺ったので、ライトアップされた懸崖造りの舞台と真っ赤な紅葉が夜空に映えて、大変素晴らしかったです。
#西国三十三所
#世界遺産
#神仏霊場

訪問日2014/11/30
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3ヶ月前
品川寺,見どころ,春日野

海雲寺へ参拝後、お隣にある品川寺(ほんせんじ)へも参拝させて頂きました。
品川寺は平安時代初期に弘法大師様の開山との言い伝えがある真言宗醍醐派のお寺です。
関東大震災後に建てられた御本堂は大陸の寺院建築を思わせるような、中国風な造りで、境内にある弁天堂も同じくエキゾチックな様式です。
又、梵鐘は江戸時代初期、徳川家綱公の寄進ですが、幕末に海外に流出して行方不明になった後、大正時代にスイスの美術館で発見され、昭和初期にジュネーブ市議会によって、返還が決定され日本に里帰りしたという数奇な運命を辿っています。
時は流れ平成三年、今度は品川寺からジュネーブ市に新しい梵鐘が贈られました。
これを機に品川区とジュネーブ市は友好都市となり、付近の通りにはジュネーブ平和通りの愛称が付けられたという事です。
#江戸三十三観音霊場

訪問日2018/11/25
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3ヶ月前
海雲寺,見どころ,春日野

海雲寺に参拝させて頂きました。
京急線の青物横丁駅を降りてすぐ、東側の道路沿いを歩いて行くと、目の前に一際高い塔のある白亜の建物が見えてきました。
外観は、あたかもロシア正教の礼拝堂の様な雰囲気の洋風建築ですが、よく見ると塔の部分には梵字が書かれていました。
塀沿いに更に進むと、海雲寺の山門があり、中に入るとそれはお寺の鎮守である千躰荒神堂の本殿と幣殿部分だという事が分かりました。
拝殿は伝統的な木造建築ですが、本殿と幣殿は鉄筋コンクリート造の近代建築という、珍しい組み合わせでした。
一見すると、千躰荒神堂の拝殿が山門から真っ直ぐ正面にある為、ここがお寺の御本堂の様に見えますが、あくまで鎮守堂の拝殿であり、御本尊の十一面観世音菩薩様をお祀りする御本堂はこの拝殿の右奥にありました。
#江戸三十三観音霊場

訪問日2018/11/25
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3ヶ月前
西明寺,見どころ,春日野

栃木県益子町にある西明寺へ参拝致しました。
西明寺といえば、笑い閻魔様の像で有名ですが、室町時代建立の楼門と三重塔、本堂の傍にある真言宗に関わりが深い高野槙の巨木(樹齢809年)も立派です。
又、西明寺で特徴的なのは病院と老人介護施設を併設している点です。
この施設は医師でもあった前住職が開かれたそうで、現在は前住職の奥様で、同じく医師である現住職が理事長をなさっているそうです。
古代の寺院は宗教施設であるとともに、教育機関であり、診療施設でもありましたが、現代の寺院で診療施設を兼ね備えているお寺は珍しいと思いました。
#坂東三十三箇所

訪問日2018/11/18
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3ヶ月前
安楽寺(吉見観音),見どころ,春日野

正法寺へ参拝後、安楽寺に向かいました。
到着時刻が16時過ぎだっため、本堂の扉は既に閉じられていて、内部は見えませんでしたが、本堂の中から御祈祷の読経が聞こえて参りました。
本堂脇に子供さんの靴が揃えてあり、中で御祈祷を受けている方がいた様でした。
本堂から右奥に進むと、安楽寺のシンボルである三重塔が建っており、表面には塗布された朱が薄っすら残っていました。
この三重塔、そして本堂と仁王門は共に300年以上前の建築で、どっしりとした構えは非常に迫力があります。
仁王門は元禄15年建立と伝わっておりますので、赤穂浪士討ち入りの年です。
#坂東三十三箇所

訪問日2018/11/11
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3ヶ月前
正法寺(岩殿観音),見どころ,春日野

秋晴れの日、正法寺へお伺いしました。
俗に岩殿観音(いわどのかんのん)と呼ばれておりますが、ややこしい事に坂東三十三箇所のお寺には他にも岩殿観音を名乗る寺院があります(鎌倉の海雲山岩殿寺)。
又、次の札所の吉見の安楽寺は山号を岩殿山と言います。
さて今年、岩殿観音では開山1300年という事で先日10/28に記念法要があり、観音堂には現在も五色幕が張られており、千手観音様の御手から伸びる綱が回向柱に結ばれていて、御利益を求めて柱に触れる参拝者が多かったです。
このお寺、見どころは沢山あり、先ず1つ目は観音堂の向かって右側の崖には小さな仏龕が幾つも彫られ、その一つ一つに四国八十八箇所の御本尊を模した石仏が祀られています。
2つ目は本堂の左手に見事な大銀杏があり、根元は地山の岩に根が絡み合い物凄い迫力です。
3つ目は仁王門へ続く参道で、約1キロ近く真っ直ぐ伸びる参道の両側に、かつて塔頭や宿坊、旅籠があった名残として、今でもそれを屋号として表に掲げているのです。
しかし戦後、お寺の裏山に大きな道路が開通して、そこから参拝する人が大半となり、参道の宿場は衰退し、現在では往時の屋号を残すのみになってしまったとの事。
#坂東三十三箇所

訪問日2018/11/11
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3ヶ月前
伊香保神社,見どころ,春日野

伊香保温泉街に鎮座する伊香保神社に参拝させて頂きました。
名所である伊香保石段街を上り、その更に奥の階段を上ると神社がありました。
夜に参拝させて頂きましたが、季節柄か観光客が多く、境内は大変賑わっておりました。
社殿内部は煌々と照明が灯り、暗い境内を明るく照らしていました。
御利益は温泉地の神社に相応しく、温泉と医療との事。
明治時代始めまでは永らく温泉神社と呼ばれていましたが、明治6年に旧来の神社名に戻されたという事です。

訪問日2018/11/03
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3ヶ月前
水澤寺,見どころ,春日野

伊香保温泉へ行く途中、水澤寺へ参拝させて頂きました。
本堂での参拝後、境内にある非常に特徴的な六角堂が目に留まりました。
この六角堂は二階建で、二階部分に大日如来様を祀っておりますが、一階内部は輪蔵の様になっていて、横に張り出した把手を持って反時計回りに回す仕組みになっています。
この回転車の中に有るのは木像のお地蔵様で、3周回してお祈りする事になっております。
又、境内には近年建てられた釈迦堂と呼ばれる建物があり、中は仏像の収蔵展示室になっており、貴重な仏像を拝観させて頂きました(拝観無料)
#坂東三十三箇所

訪問日2018/11/03
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4ヶ月前
荘内神社,見どころ,春日野

玉川寺から路線バスに乗り、再び鶴岡市街へ戻って参りました。
石葺き屋根が有名な旧風間家住宅やカトリック鶴岡教会を見学した後、荘内神社へ参りました。
荘内神社は鶴ヶ岡城の本丸跡に建っており、この地を治めた酒井氏の藩主4人を祀っています。
境内には宝物殿も併設しており、季節毎に展示替えを行っていて、訪問させて頂いた時は藩政時代の城下を描いた大きな地図が展示されておりました。
近隣の旧致道館、及び致道博物館も必見です。

訪問日2018/11/02
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4ヶ月前
玉川寺,見どころ,春日野

羽黒山頂から路線バスに乗り、山麓に在る、国指定の名勝庭園を持つ玉川寺へ向かいました。
玉川寺は鎌倉時代に創建された曹洞宗の寺院で、見事な庭園を見ながらお抹茶を頂きました(一服¥500)。
境内には玉川遺跡展示場という建物があり、近隣の玉川遺跡から発掘された土器や石器、ヒスイ製品などの貴重な遺物を見学させて頂きました。
玉川寺は今回の旅に出るまで全くのノーマークでしたが、以前投稿された、ぶー右衛門様の情報を拝見して、興味を持ち参拝させて頂きました。

訪問日2018/11/02
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4ヶ月前
出羽三山神社,見どころ,春日野

羽黒山五重塔から、延々と山中に伸びる日本一の石段(2446段)をアップダウンを繰り返しながら1時間ほど登って行くと、山頂にある出羽三山神社の境内に到着しました。
先ず最初に目に飛び込んできたのは、とても巨大な茅葺き屋根を持つ三神合祭殿で、茅の厚さは2メートルにもなり、茅葺の寺社建築としては日本最大規模との事。
三神合祭殿前の鏡池には古代より膨大な量の鏡が水中へ奉納されており、後世に掘り出されたそれは総称して羽黒鏡と呼ばれています。
この貴重な羽黒鏡は境内に建つ出羽三山歴史博物館(入館料¥300)に常設展示されており、拝観させて頂きました。
また、儀式殿では羽黒山五重塔と同時期間限定公開の羽黒三所大権現秘仏を拝観をさせて頂きました(五重塔との共通拝観料¥700)。

訪問日2018/11/02
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4ヶ月前
羽黒山五重塔,見どころ,春日野

鶴岡駅前から路線バスに揺られる事40分程、羽黒随神門バス停で降りました。
随神門を潜り、石段を下って5分程参道を進むと、左手の奥に五重塔が現れました。
今回の旅のメインでもある、特別公開中の羽黒山五重塔です。
羽黒山五重塔は、元々平将門公の創建とも伝えられますが、現在の塔は室町時代に建立されたものとの事です。
塔の内部が公開されるのは記録上では実に150年ぶりということで、2018年4月28日〜11月4日までの期間限定公開でした。
今回、初層目内部への立ち入りと、二層目の内部が公開されました。
初層内部は風雪に晒される外壁と違って、比較的保存状態は良く、中央の祀壇部分だけ黒漆で塗られており、御神体である神鏡が安置されておりました。
二層目は塔側面に仮設された階段を登り、ゴザの上に腹這いになって開いている扉の内部を覗き込む様な拝観方法となっておりました。
二層目の内部は初層とは違って、天井や床を張っておらず、無数の建材が上層まで巧みに組み合わさっており、中央には太い心柱が藤蔓によって宙吊り状態で保持されていました。
朝一番に到着したため、他の参拝者はおらず30分程じっくり拝見させて頂きました(青い服は説明員)。

訪問日2018/11/02
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4ヶ月前
御釜神社,見どころ,春日野

鹽竈神社の境内から七曲坂を下って、本塩釜駅方面へ向かう途中に境外末社の御釜神社があります。
御釜神社は日本三奇(あと2つは生石神社の石の宝殿、霧島神宮の天の逆鉾)の一つであり、地名の由来となった塩を作るための神竈(大鉄鍋を乗せたカマド)を祀る神社です。
この神竈は普段から水を張っており、その水色は錆色に濁っていますが、吉事や凶事の前になると綺麗に澄み切るという事です。
江戸時代には水色が変化すると必ず、仙台藩に報告する決まりとなっていた様です。
因みに、東日本大震災のあった日の朝も神竈は澄み切っていたそうです。
しかし、不思議な事に御釜神社の周囲に押し寄せた津波は神社を避けるかの様に流れ去り、神社には殆ど被害は出なかったとの事です。
尚、神竈の水は7/6に行われる藻塩焼例祭の前日、御水替の神事で新しい海水に取り替えられます。

訪問日2018/11/01
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4ヶ月前
志波彦神社,見どころ,春日野

鹽竈神社への参拝後、隣接する志波彦神社へも参拝させて頂きました。
志波彦神社は鹽竈神社の摂社ではなく、共に独立した神社なのですが、両神社は公式サイトやWikipedia等でも、まとめて一つの神社として扱われることが多いようです(運営法人も同一)。
元々この地には鹽竈神社のみ有り、明治期に近隣から志波彦神社が遷座されてきました。
因みに、鹽竈神社および志波彦神社で授与されている御守り等には両神社の名が併記されております。

訪問日2018/11/01

最近訪れた寺社