春日野 のおまいり

★コロナ対策で自粛していた参拝を6/20より再開させて頂きました。

日本史に関わる神社仏閣を訪ねるのが大好きで、主に関西と関東の社寺を中心にお参りさせて頂いております。
社寺で頂いた拝観券や散華を参拝記念として保存しています。
新規に参拝した社寺に加え、2009年から撮り貯めた過去の写真も順次投稿させて頂きます。
参拝した社寺は件数の記録のため、1社寺1投稿とさせて頂きます。
投稿する写真は被写体やアングルが直近の方と、なるべく被らない様にしています。
宜しくお願い致します。
2018年6月26日 Omairi初投稿
(アイコンは興福寺様の法要散華です)

撮影機材は2010年までSONYのコンデジCybershot、2011年以降はAppleのiPhoneのみ使用。
投稿
68 8 230
15日前
白河小峰城,見どころ,春日野

「木造再建の三重櫓と前御門」
白河小峰城へ登城させて頂きました。
江戸時代初期、白河へ移封された丹羽氏によって整備された、東北地方には珍しい総石垣造りの城郭です。
幕末、二本松藩によって管理されていた小峰城は戊辰戦争の戦火に見舞われ、大半の建造物を焼失。
平成に入り、天守相当だった三重櫓と本丸入口の前御門が木造再建されました。
尚、訪問時コロナ対策として三重櫓の見学は一階のみで、上層階の見学は中止されていました。
#日本百名城

訪問日2020/06/20
65 2 175
15日前
南湖神社,見どころ,春日野

「楽翁公と南湖」
南湖神社へ参拝させて頂きました。
号を楽翁と称した、老中で白河藩主だった松平定信公をお祀りした神社です。
神社のある場所は南湖という景勝地で、定信公が士民共楽の思想を持って、一般にも開放した日本最古の公園です。
南湖は那須岳を取り込んだ風光明媚な借景庭園で、参拝後に湖畔を散策しました。

訪問日2020/06/20
74 5 211
19日前
無量光院跡,見どころ,春日野

【2017/11/1観覧】過去の訪問です。

「北の鳳凰堂」
無量光院跡を観覧させて頂きました。
ここには、奥州藤原氏三代目の秀衡が建立した無量光院という大寺院がありました。
吾妻鏡には、秀衡が宇治の平等院鳳凰堂を模した美しい堂宇を造営し、浄土世界を具現化したと記されています。
奥州藤原氏滅亡後に堂宇は焼失、以後再建されることはありませんでした。
現在、苑池が再現され往時を偲ぶ事ができます。
尚、中尊寺近くにある平泉文化史館には、無量光院のジオラマが展示されており、かつての壮麗な姿を見る事ができます。
#世界遺産

訪問日2017/11/01
71 0 175
19日前
観自在王院跡,見どころ,春日野

【2018/11/1観覧】過去の訪問です。

「奇祭哭き祭り」
観自在王院跡を観覧させて頂きました。
毛越寺のお隣にある苑池と林の一画、ここは奥州藤原氏二代目基衡の妻が建立した観自在王院が有った場所です。
奥州藤原氏滅亡後も寺院は残りましたが、戦国時代の兵火で焼失、現在は江戸時代の享保年間に建てられた小さな御堂があるのみとなっています。
この御堂では5月に「哭き祭り」という、基衡の妻の葬儀を再現した祭礼があり、その様子から奇祭とも言われています。
#世界遺産

訪問日2018/11/01
78 0 209
23日前
百舌鳥耳原中陵     (仁徳天皇陵),見どころ,春日野

【2011/10/16参拝】過去の訪問です。

「世界最大級の墳墓」
仁徳天皇陵へ参拝させて頂きました。
世界最大級の墳墓として、大変有名な古墳で、墳丘長は従来486mとされていましたが、近年の調査により525mへ上方修正されました。
被葬者は第十六代仁徳天皇とされますが、これは平安時代の公式文書「延喜式」を元にした宮内庁の治定です。
拝所は前方部側、二重目の堀を隔てた堤上にあり、ここから御陵を参拝致しました。
又、拝所の近くある堺市博物館では百舌鳥古墳群関連の展示を見学できます。
尚、考古学上の名称は大仙陵古墳とも呼ばれています。
#世界遺産

訪問日2011/10/16
70 0 177
23日前
山邊道上陵 (景行天皇陵),見どころ,春日野

【2014/4/12参拝】過去の訪問です。

「傾斜地に造られた御陵」
景行天皇陵へ参拝させて頂きました。
三輪山の麓を貫く古道、山辺の道沿いには古墳時代前期の古墳が点在しており、特に大きな古墳の一つが、この景行天皇陵です。
東側の山の尾根の先端を利用して傾斜地に造られた古墳のため、周濠は渡堤で幾つにも区切られているのが特徴です。
古い時代には崇神天皇陵ともされていましたが、江戸時代末期に第十二代景行天皇の御陵に治定されました。
尚、考古学上の名称は渋谷向山古墳とも呼ばれています。

訪問日2014/04/12
71 0 160
23日前
山邊道勾岡上陵    (崇神天皇陵),見どころ,春日野

【2014/4/12参拝】過去の訪問です。

「巨大な堤で囲われた御陵」
崇神天皇陵へ参拝させて頂きました。
山辺の道沿い、景行天皇陵から約500m程北にある古墳で、崇神天皇陵と同じく傾斜地に造られているため、周濠は堤で囲われており、堤上はハイキングコースとなっています。
前方部側の堤は特に高く盛られ、この堤上に拝所が設けられています。
御陵の治定は、景行天皇陵と同じく、江戸時代末期で、両古墳の被葬者については第十代崇神、第十二代景行どちらかという説が永く続いていたようです。
尚、考古学上の名称は行燈山古墳とも呼ばれています。

訪問日2014/04/12
72 0 172
24日前
元善光寺,見どころ,春日野

【2016/11/4参拝】過去の訪問です。

「最初の善光寺」
元善光寺へ参拝させて頂きました。
創建は西暦602年、推古天皇の治世、この地の住人、本田善光が都に上った際、難波の堀江から光り輝く阿弥陀如来が示現し、善光の背中に乗り移り、そのまま故郷の麻績の里へお連れして、自宅に祀ったのが始まりです。
その後、642年に皇極天皇の詔勅により、芋井の里(現在の長野市)へ遷座されるまで、ここに祀られていたため、元善光寺と呼ばれるようになりました。

訪問日2016/11/04
70 0 151
24日前
善光寺山門,見どころ,春日野

【2016/11/5参拝】過去の訪問です。

「楼門上の仏像群と眺望」
善光寺山門(楼上)へ登楼参拝させて頂きました。
楼門となっており、急な階段を上がると、中央の内陣には文殊菩薩騎獅像を中心に沢山の仏像が祀られていました。
楼門上からは、境内は真っ直ぐに伸びる参道と、周囲に広がる市街地を見渡せる眺望となっていました。

訪問日2016/11/05
68 0 140
24日前
善光寺忠霊殿,見どころ,春日野

【2016/11/5参拝】過去の訪問です。

「善光寺史料館」
善光寺忠霊殿へ参拝させて頂きました。
御本堂の西側を抜け、境内の奥まった所に塔があります。
この塔は戊辰戦争から太平洋戦争までの戦没者をお祀りした三重塔(裳階付き)です。
上層には上がれませんが、一階部分の奥が史料館になっており、善光寺の歴史史料をはじめ、五百羅漢様やチベット仏教の砂曼陀羅など、貴重な資料を見学できます。

訪問日2016/11/05
65 2 145
24日前
横岳神社,見どころ,春日野

【2019/8/14参拝】過去の訪問です。

「山上の神社」
横岳神社へ参拝させて頂きました。
標高2240mの北八ヶ岳中腹に鎮座する神社です。
北八ヶ岳ロープウェイ山頂駅の目の前には、坪庭と呼ばれる溶岩地形が広がり、ハイマツなどの低木や高山植物の宝庫となっている場所に小さいながら4本の御柱に囲われた祠があります。
山とロープウェイの安全を祈念して建てられた神社で、登山者がお参りしてから山に入ります。
ここからは、遠く日本三大アルプスの大パノラマが見渡せます。

訪問日2019/08/14
72 7 212
29日前
名古屋城,見どころ,春日野

【2013/4/20登城】過去の訪問です。

「破格の大天守」
名古屋城へ登城させて頂きました。
有名な金の鯱鉾を戴く大天守は、当時としては、全てにおいて並外れた規模で、17世紀に失われた、徳川大坂城、江戸城に並ぶ規模を誇っていましたが、惜しくも1945年の空襲で焼失。
空襲で失われたのは大天守の他に御殿や門、櫓など数多くの貴重な文化財建築を失いました。
もしこれらが現存していれば、姫路城を凌ぐ規模であり、間違いなく世界遺産に登録されていたでしょう。
現存の天守は戦後に鉄筋コンクリートで再建され、今度は木造で再々建される予定だそうです。
#外観復元天守
#日本百名城

訪問日2013/04/20
66 4 185
29日前
五稜郭,見どころ,春日野

【2013/7/16登城】過去の訪問です。

「稜堡式の城郭」
五稜郭へ登城させて頂きました。
先ず、城跡近くに聳える、五稜郭タワーから眺望を楽しみました。
この独特の星形は、ヨーロッパの築城方式を取り入れたもので、五つの角の先端に大砲を設置して、全方位を防御するためです。
本来、稜堡式城郭は外部からの砲撃を考慮して、内部に高層建築は建てませんが、幕府は物見台を載せた立派な箱館奉行所を真ん中に建ててしまったため、箱館戦争の時に砲撃の的になってしまいました。
この箱館奉行所は2010年に木造再建されました。
#日本百名城

訪問日2013/07/16
69 2 154
29日前
大阪城,見どころ,春日野

【2014/4/11登城】過去の訪問です。

「文化財に指定された再建天守」
大阪城へ登城させて頂きました。
現在の城は、大坂の陣の後、秀吉が築城した城の上に徳川幕府が盛土をして新たに石垣を積んで修築したものです。
徳川幕府が築いた天守は1665年に落雷で焼失。その後、天守は再建されませんでしたが、1931年に現在の天守が再建されました。
鉄筋コンクリート造りながら、近代以降、最初に建てられた復興天守であり、1997年に国の登録有形文化財に指定されました。
#復興天守
#日本百名城

訪問日2014/04/11
68 2 161
29日前
鶴ヶ城 (会津若松城),見どころ,春日野

【2015/5/5登城】過去の訪問です。

「赤瓦の城」
鶴ヶ城へ登城させて頂きました。
一目見て、他の城と違うのは屋根瓦の色です。
天守が再建された1965年当初は普通の黒瓦でしたが、2010年に旧来の赤瓦にリニューアルされました。
会津は寒冷地のため、江戸時代の天守には釉薬を施した赤瓦を葺いたことが、当時の文献や発掘により明らかになったため、旧来の姿に復元されました。
#外観復元天守
#日本百名城

訪問日2015/05/05
67 0 161
29日前
上田城,見どころ,春日野

【2016/11/6登城】過去の訪問です。

「徳川軍を二度撃退した城」
上田城へ登城させて頂きました。
戦国時代、真田氏の城として築かれ、その堅牢さにより、徳川軍を二度撃退した城です。
特に関ヶ原の前哨戦である第二次上田合戦では、東軍別働隊を上田に足止めした為、秀忠が本戦に遅参する原因になりました。
後年、上田城は徳川幕府によって破却され、新たに領主となった仙石氏により、上田城が再構築されました。
現在残る西櫓は仙石氏により建てられたものです。
#日本百名城

訪問日2016/11/06
66 0 140
29日前
小田原城,見どころ,春日野

【2017/1/21登城】過去の訪問です。

「巨大な三層の天守」
小田原城へ登城させて頂きました。
戦国時代には日本一の総構えを持ち、豊臣軍による小田原征伐まで難攻不落を誇った城です。
江戸時代、規模を縮小して再構築され、新たに天守も建てられました。
現在の天守は、明治時代に破却された宝永の天守を模して再建されたもので、外観三層ながら内部は5階もあり、五層天守に匹敵するほど巨大です。
#外観復元天守
#日本百名城

訪問日2017/01/21
64 0 133
29日前
駿府城,見どころ,春日野

【2017/2/26登城】過去の訪問です。

「家康の隠居所」
駿府城へ登城させて頂きました。
江戸幕府を開いた家康は、将軍職を秀忠に譲り、ここ駿府城へ移りました。
家康にとって駿府は、幼少期に人質として過ごした場所ですが、もしかすると実家に帰って来た感覚だったのかも知れません。
現在、城跡には門や櫓が木造再建されており、内部が史料展示室として公開されています。
尚、天守台の発掘調査が行われており、駿府城公園の再整備が進んでいます。
#日本百名城

訪問日2017/02/26

最近訪れた寺社